神は悪魔であり、その逆も然り。
ホロウ・シカエルボク


俺はお前の血を受け、とある海の近くの工業地帯を流れる小さな河川で身を清めた、それでお前は溶け入って闇のものとなり、姿のないものとなった、それでも俺がお前を見失うことなどなかったし、お前もそのことは知っていた、俺たちはそうして何百年もの時を屠り、人間の変容と進化を見続けた、進化、といってもそれは言わば周辺機器のようなものについてで、人間そのものはほとんどがひたすら変化していくだけだった、世界、社会、コミュニティ、彼らは動物のように群れて安堵することに慣れ過ぎたのだ、考えないものは衰えていく、どこの、どんな生きものだってそうだ、進化とは、「こんな風に出来ないか」という些細な思い付きから芽吹く巨大な樹木のようなものなのだ、その、些細な閃きが生まれるかどうかで百年が運命づけられてしまう、俺やお前はそんなものがいくつも生まれては灰になっていくのをただ延々と眺めていた、やがて社会は形を残したまま密度のない骨のようになり、その中のものたちは餓鬼のように役目を果たしては貪るだけになった、安堵の為の安定、それは長い長い死の始まりだった、俺たちは壁に潜み、彼らのにおいが変わるのを感じた、人工化合物、とでもいうのか、薬品のようなにおいのする人間ばかりだった、やつらはもう自分が何を食っているのかもよくわかっていないようだった、彼らは浮腫み、或いはやせ細るかのどっちかで、程よい肉体というものを持っているものはだんだんと減って行った、もちろん、そんな枠から離れて、きちんとしたものを手に入れている人間が居ないわけではなかった、でも、そういう人間をこうした集合体の中で見つけるのは少し骨だった、彼らの行動には他の誰とも似たものがなく、皆が好き勝手に暮らしていたせいだった、集まるものは愚かなものたちだった、俺たちは彼らの隙を待ち、少しずつ食っては減らしていった、彼らの肉はとても不味く、目的が食事そのものであったとしたらたちまちのうちに吐き出してしまっていたことだろう、けれど俺たちの目的は味わうことではなく、彼らを少しずつ間引きすることだった、これはそういう決まりなのだ、不自然に増えてしまったものは、そうして間引かれるという決まりなのだ、それを決めたのは誰なのか、俺たちをその決まりによって動かしているのがどこの誰なのか、それは俺たちにもよくわかっていなかった、なぜなら、俺たちもそのことを直に命じられたわけではなかったからだ、それはテレパシーのような感じで脳味噌の中にぽんと沸いた、葉が開いたことで初めて気づくときのように、だからそれは初めから俺たちの脳裏に仕込まれていたのかもしれない、知るべき時が開くときなのだ、そう、それはともかく―やつらの肉ときたらまるで紙粘土のようだった、組織のほとんどがファーストフードとスナック菓子で出来ていた、硬いものを食って育っている人間がまるで居なかった、硬いものを噛むのは脳にいいらしい、さもありなんだ、人間はどうしてこんなに落ちぶれてしまったのかね、と、俺たちはもそもそ噛みながらよくそんな話をした、不思議で仕方がなかったのだ、多大な変化を繰り返した挙句、こんなところに辿り着いた生きもののことが不思議で仕方がなかった、考えることを止めなければ彼らはもっと先に生きことが出来ただろうに、いまの彼らには働きアリ程度の手際すらない、実体のない理念や常識を信じ込んでそこから一歩も踏み出すことが出来ない、コミュニティは彼らを基本的な動作しか持たないマシンに変えてしまった、それはその薄っぺらい本質とは裏腹に、わかりやすいぶんだけ多くのものを盲信に陥れてしまう、たったひとつの細やかな閃き、それがなければどんな生きものだって落ちるところまで落ちてしまうのだ、ほんの僅かなコミュニティを円滑に回すためのねじの回転が終わればあとは錆びつくまで固定するのみだ、「なんだか哀しくなるよね」とお前はよく言う、「でも、笑える」とそのたびに俺は答える、それはどちらも正解なのだ、哀し過ぎるから笑えるし、滑稽過ぎるから哀しい、もうずっと長いこと、俺たちはその生きものに興味を示すことはなくなっていた、役割だから観察しているのみだった、じっと見つめていなければ、いつどこで食えばいいのか判断を見誤ってしまうから、「良く出来たやつはやっぱり美味しいのかな」とお前はぽつりと言う、美味いだろうけど、と俺は返事をする、「それ食っちまったら俺たちもどうなるかわからないな」そうだね、とお前も答える、俺たちはそれを本能的に知っていた、それはまあ、俺たちのような生きものに課せられたモラルのようなものだった、だからこそ俺たちはこんなに長くこの世界に居座っていられるのだ、急に激しい雨が降り始めた、今夜はずっと嵐らしい、俺は肩をすくめて首を揺らした、こんな日は獲物に水が混じるからあまり味を気にしなくて済む。


自由詩 神は悪魔であり、その逆も然り。 Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-07-03 21:45:09
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