鋭角の風景
岡部淳太郎

彼は
街角の信号機に吊るされている
頸に
太い縄を巻きつけられて
どんな罪なのか
どんな過ちなのか
それを知る者は誰もなく
彼は吊られながらも 笑っている
それはひとつの風景
この世界と二重にぴったり重なった
もうひとつの世界にある風景
やがて幻の鴉が
彼の肉をついばみにやってくる
そして幻の虫が
彼の腐敗を加速させるために群がる
それはひとつの風景
もうひとつの世界にある風景
彼は吊られながらも 笑っている

やがて普通の君が
この横断歩道を渡りに来る
渡ろうとして立ち止まる
どんな偶然なのか
どんな必然なのか
普通の君は何かが腐ったような
得体の知れない臭いに気づいて
見てしまう
この角度から
街の風景を
ああ この角度!
君にはそれが見えてしまう
それはひとつの風景
もうひとつの世界にある風景
彼は吊られながらも 笑っている
幻の鴉に
幻の虫に
ついばまれながらも幻の彼は
ひとつの存在として確かに 笑っている
吊るされることがどんなことであるのか
君は知らないが
君には見えてしまう
ここを渡ろうとしている君が存在なら
吊られた彼もまた
存在であるはずだ
この角度
そこからしか見えない風景
君はもう一度
普通の君に戻ろうとして
角度を変えるために眼をそらす
だが
焼きついた映像はもう二度と
君の心から離れることはない
彼は吊られながらも 笑っていた


自由詩 鋭角の風景 Copyright 岡部淳太郎 2005-05-02 20:52:17
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