その手をはなさない
ベンジャミン

遠い、遠い、記憶の中
不安で、不安で、しかたなかった

つないでいた手を
ほどかれたとき
まるで自分の一部を失ったかのように
泣きじゃくった
子供の頃



デパートのおもちゃ売り場で
お母さんに怒られている
子供はまるで
熱の塊のように赤くなって
小さな手をまるめて
しきりに涙をぬぐっている

お母さんは少しはなれて呼んでいる
けれど子供はその場をはなれず
ただただ
空っぽの手を縮んだように折り曲げて
赤い顔をこすっている

もう何に泣いているのか
わからなくなっているのかもしれない

子供はまるで
音の出るおもちゃと張り合うように
言葉にならい声を発している

お母さんにはちゃんときこえているのです
その証拠に
お母さんは子供から目をはなしません
ただ
つながれることのない手が
どうしようか迷っているのです

近づかなければ届かない距離
空白を埋めるように伸ばされた手が
子供の方へ向かうとき
まるで見えるはずもないのに
子供もその頼りない手を伸ばして

二つの手が一本になる



遠い、遠い、記憶の中
不安で、不安で、しかたなかった

ほどかれた手は
再びつながれたはずなのに
失うことの重みが胸を沈めようとする
それを涙にかえ
記憶に沁み込ませている

いくつかの別れをも知ってしまった

より多くを掴むために成長したはずの
手のひらは
そんな淋しさまで記憶して
刻まれたしわを深くするようにまるめれば
生まれたときのかたちになる

生きようとするほど
いくつもの別れが臆病にさせる

けれど
つながれた手の
そのときに増す確かな温度を覚えているから
だから
その手を
あなたに向かって伸ばすとき
まるで当たり前のようにつながれることを
願っているのです

そして
たとえどんな距離がひらいてしまっても
もうそれは喪失ではないと
思える気持ちも

しっかりと伸ばしながら

この手で

   
    


自由詩 その手をはなさない Copyright ベンジャミン 2005-05-02 03:10:33
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