言葉の煽情的ボディライン
ただのみきや

カラスのギャロップ

北国の春は犬連れでやって来る
ぬかるんだ地の上を
着物の裾を汚しながら遅れてやって来る
太陽は雌鶏
ぬかるみが半分乾いたころ目覚ましが鳴って
あとは忙しく吹いたり咲いたり孵ったり
山々は眠たげでどこか妙に色っぽく
街では危なっかしい子どもと大人が目につく
本当のところ春なんて
いつもポケットに持ち歩いている訳だ
もういくつ春の詩を書いたことか
きみは憶えているか






響く鐘の音に誘われて
互いの人の皮を剥ぐ
わたしの心臓きみは
失語故の薔薇を装った詐欺師
自分を消してしまった手品師
わたしは性器きみの
絶えず思考と矛盾して反り返り
抱き合う双子の相克
落ちて来る空を穿つために
わたしたちは姿勢を正した
進化の過程の猿ならば
馬乗りで首を絞めたものを
きみの置き場のために
輝く盲点を飼育した
待ち針で留めた時間
盥で溺れる蝶の波紋が寄せて
氷を噛むほどに
傷痕だらけの月と同衾した
きみはうねる火の音叉





ミサイル

ミサイルが破壊兵器であることに
ミサイルにはその責任がない
ミサイルはそのように造られたのだ
ミサイルに選択の余地はなかった
ミサイルは目標があることを知っているし
ミサイルはその方角と距離とを知ってもいるが
ミサイルはそれがどこの何であるのかは知らないのだ
ミサイルが目標に到達した瞬間
ミサイルはその存在目的を達成し爆ぜて消滅するが
ミサイルはそこが住宅か病院か学校か知らないし
ミサイルは死者の数も残された人の気持ちも解らない
ミサイルは国土と国民を守るという理由で
ミサイルは他国と他国民を攻撃するために発射される
ミサイルにこころはない
ミサイルにこころがあったなら
ミサイルはなにを想うだろう
ミサイルにこころがあったって
ミサイルとして発射されることに変わりはないが
ミサイルがもし宇宙へ向けて発射されて
ミサイルがもし目標を外して空間を飛び続けて
ミサイルが慣性によりいつまでも飛び続け
ミサイルは初めて人が定めたものではない
ミサイル自身の運命的目標を夢見ながら
ミサイルはなめらかに時をくぐり抜ける
ミサイルはやがて音のしない閃光となり消滅する
ミサイル自身のために
ミサイルを憎むのなら
ミサイルを造った人間を憎め
ミサイルを撃つ人間を呪えそして人間である己自身を
ミサイルは格納庫で眠っている時
ミサイルは牝牛よりもおとなしい
ミサイルは誰も傷つけない
ミサイルを人間が発射しないかぎり

 *

人は神の支配から逃れることはできない
悪魔の誘惑からも逃れることはできない
人は神にも悪魔にもなれないが
神のようにも悪魔のようにも振舞える
ただ人の場合前者と後者に違いはない





生者と死者と

わたしの中のきみの含有率を想う
時間はすっかり湿気にあてられて
スローガンをプリントしたTシャツのように
堆積する鳩の死を共有するための錠剤に高値が付いた

記憶から煙草を拾い上げる
ディズニー映画嫌いのマゾヒストが漁船に乗って
戦争へ出かけてゆく
太陽はやっぱりいっぱいだ

裂果して商品価値を失った
きみは素敵だ
傷口は語り傷口は匂う
そして言葉は後戻りしない

声は雨に濡れていた
逃げ出した幼子が母親につかまるまでの間
それは時間ではなく空虚な果実
記憶の薄皮を剥いただけ
味わえるものはなにもない

声は倒れたまま
小さな花と対峙する
花の震えは歌だろうか
風の静止は死だろうか





わたしの嫌いなわたしの同族へ

ああ慣性で動いているだけの壊れたタイムマシーンに乗って
きみがきみを止めてしまっても世界は困らないが
媚びを売ったところで世界はきみを幸せにはしない
きみがきみらしく生きることで誰かが得する訳ではない
きみがきみ自身を摸索することに世界はあまり関心がない
だからきみのすでに表面張力の限界を超えて溢れ出した
過剰な自意識の滴りを今さら拭って言い訳せずに
悪びれることもなく自己の快楽を追求すればいい
誰かに泥を塗られたって
芯まで自己愛の塊だからこそ持ち得る自己嫌悪や
死への願望を宝石の粉末みたいに時折織り交ぜて
きみはきみを続けて存在が気化するまで発散し尽くせばいい
そう慣性で動いているだけの壊れたタイムマシーンに乗って





音楽はひとつの場ひとつの空間を創り出す

そぼ降る雨が濡らしたアスファルトに映る暗い朝
わたしの目は花のように膨らんだドレスで深く
沈んでゆく女を追った
すると頭の奥の方でドアが開き
酒場の灯りがもれて来た
見知らぬ人々のほど良い騒めきに心地よく包まれて
わたしは円い大きなグラスで一匹の闘魚ベタを飲み干した
マリア像の形をしたキャンドルから煙草に火を移す
煙りの向こうの暗がりで抱き合う裸の男女は蒼白
誰かが耳元で囁いた 口もとは微笑んでいただろう
突然髪がチリチリ焦げる臭いがした
ふり返るとアルビノのニシキヘビを襟巻にした
女装の男娼と目が合った
流れる涙を青黒く描いたその瞳の奥に
子どもの頃一度だけ夢で見た蒲公英の丘が広がっていた
わたしの最初の恋人は人魚だった
性がまだ未分化だったあのころ
水に揺れる影は自分の方だったのかもしれない
不安によぎる鴉の濡れた眼差しこそが





ピアノ

白い階段は天使のよう
闇の底から生えて来て
光の先へと消えて行く
ぼくの頭の中で
ピアノはバラバラに壊れている
記憶の中の自分と目が合う時
ぼくは果たして何者だろう



               《2022年3月20日》










自由詩 言葉の煽情的ボディライン Copyright ただのみきや 2022-03-20 15:34:46
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