小詩集・中庭
岡部淳太郎
中庭 1
午後の
柔らかい日が射しこんできて
すべてが淡い色のなかに溶けてゆく
地球という中庭
私の心に拡がる中庭
中庭 2
草をむしる
中庭の清潔を保つため
切っても切っても伸びて来る
草どもを
その根からむしってゆく
むしられた草を
捨てる場所は
私の心から取り除かれた草の
たどりつく場所は
中庭 3
誰もここには立ち入らせない
私は中庭であり
中庭は私そのもの
この外から隔絶された空間だからこその安寧
それを 誰にも触れさせない
中庭に満ちる光は
眩しすぎず
明るすぎず
私だけのためにあるのだから
中庭 4
どこからか
声が聞こえるな
まぼろしのように
響いているな
でも それは
この中庭とは関わりのない
とおい外の世界の声
だから
それは私に触れられない
この中庭を侵すことはない
この中庭で
一日がゆっくりと暮れてゆく間
その静けさの間に
外では数億の時が過ぎ
数万の民が斃れて
血を流す
私はそんなことにも気づかずに
ひとり平和に
この中庭で時を過ごすだけだ
中庭 5
この中庭に 重力によって
大気の層が留められていて
それが濃密で 時に薄い
空気を中庭全体に行き渡らせている
それを吸っては吐いて
この場所にせきとめて
いるのは 私
ここにいるだけで
ここの空気は澱んで
滞留して汚れてゆくのに
私はその事実に気づかないでいる
中庭 6
この中庭を
出て行く者は誰か
いつの間にか ここに
影のように入ってきて
居ついてしまったのが私ならば
いつの日か ここを
去るべきなのも
私のほかにはいない
私が去って行って
この中庭に残るのは
人が去って行って
この地球に残るのは
ただ 午後の
柔らかな日射しのみ
(二〇二一年四月)