軋む
ふるる

その大きな屋敷にわたしの兄姉はいた
少しだけ血が繋がっていたので
わたしは右手で彼らは左手と思うことにした
左手を使う時彼らを思い出した
出されたデザートの皿は欠けていた

兄はとても器用な人で身体が弱く
小さな楽器を作るのが趣味だった
細い弦をはられたバイオリン
音の出ない打楽器
銀のフルート
演奏する楽隊のない人の
さびしい咳 (灰色の咳)

姉は活発な人で滅多に屋敷におらず
けれど部屋に入ることを許されていたので
姉のいない姉の部屋で
目はきょろきょろし続けた
ガラス製の昆虫や
恐ろしげな本があった
外国の香水の瓶を盗んだけれど
すぐに返して次に盗んだのは








兄の密葬は静かに行われた
喪服の姉は怒りで美しかった
「あなたは何をしたの」
わたしは何も言えずうつむき
たったひとつの財産である盗癖を詫びるしかなかった

兄のいない兄の部屋で
バイオリンの弦が軋む
ガラス製の昆虫の
交接のような音が聴こえるので

わたしの左手はそれ以来動かない








初出 詩誌『空想』サイト投稿欄2010/06/09 (Wed)(現在は閉鎖しています)
この詩に葉月二兎さんから批評を頂いて、そちらの方がよっぽど詩みたいでいいので
一緒に出したかったけどご本人と連絡がつかないので諦めます……あっでも最後の一文だけ……
「(注2)この詩において三重に(そのためにより強固に)「抹消」されている「父」については、語らずにおいておく。
精神分析は批評ではない。」(←ふぁー!かっこいい!)



自由詩 軋む Copyright ふるる 2022-02-08 16:59:35
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