日記代わり
山田せばすちゃん

軽トラックの荷台にかけてあった
銀色のビニルシートにしみとおったあめは
半日積みっぱなしの石油ファンヒータの箱を湿らせて
納品書と保証書を湿らせて
取扱説明書までがくたっと湿っていた

 すみません、箱どうしましょうか?と聞いた僕に
まあ、上がれ、箱から出してしまえやと
社長は食べかけの夕ご飯の茶碗を重ねて
台所の奥さんに声をかける

おおい、
ファンヒータだ
こっち来てよく説明を聞いておけ

石油タンクに石油を入れて
う、重いな
 大丈夫ですか?
これくらいいっぺんにはいらないと
毎日毎日石油を入れるのがかなわん

社長は一抱えもある石油タンクを抱えて戻ると
どれ、とスイッチに手を伸ばす

あんまりボタンがいっぱいあるのはわしらには向かんのだ
どれとどれを押せばいいんだ?
あとはお前適当に調整してってくれ

乾いた音を立てて石油ファンヒータが温風を吹き出す
これでいいのか?
 いいです、社長、後は片つけるときに呼んでください
 このクリーニングボタンの使い方をお教えしますから
そうだな、今聞いてもどうせ忘れるからな

社長はにやりと笑うと
お茶飲んでいけよ、おい、お茶入れろと
ファンヒータの前の奥さんに声をかける

 すいません、少ししけってますが
 これが納品書と保証書で
 こっちが取扱説明書です

おう、と社長は老眼鏡をかけなおす
なんだ、これっぽっちしか値引きしてないじゃないか
俺はお前の高校の先輩になるんだぞ

 いや、社長、勘弁してください、いっぱいいっぱいですから
 それからこれ、と僕は自分の所属している同人誌の最新号を手渡した

おう、富山のYさんのところに入ったのか
金沢からはIさんと、お前と、なんだT君もいるじゃないか

お茶を持ってきた奥さんが、あらあなたも何か書き物を?と聞く
現代詩だよ、こいつは
あらそれじゃお父さんと同じじゃないですか

 社長がね、入れてくれないんですよ、同じ雑誌に
 お前は駄目だって

こんなもんはなあ、顔見知りとやるもんじゃねえよ
ストーブの値引きと詩の話が一緒にできるか

 それからお茶を飲み終えて僕が家を出るまで
 社長は一言も詩の話はしなかった
 雨が降っているのにわざわざ傘を差して
 玄関の外まで見送ってはくれたのだけれど
 一言だって詩の話はしなかったのだった

 





未詩・独白 日記代わり Copyright 山田せばすちゃん 2003-11-25 23:02:29
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