火傷と神隠し
ただのみきや

床暖房に腹ばいで熱燗を飲んでいる
外は激しい吹雪


絵の具の花の赤い一行が見えた
わたしの一番小さいマトリョシカは神隠しにあったまま
帰らない 
夜の袋にしまわれたまま
アカシアの棘に傷つきながら冷たい月を嗅いでいる


円形劇場
名付けられた形象たちの内壁を舌と唇で値積もりする
氷柱の美しい倒壊があった
そして煙は語る 小さなひとつの石につま先立って
わがままに素直に踊ることで


君は君というリングを断ち切れるか
一本の限りある線として生き
死の導火線を発火させ続ける
詩を書くことで己を食い尽くす
君は君という幻を断罪し続けて
糖蜜の洗面器で溺れ続ける登山家の蟻だろうか
それともこの時空に投げ込まれた
ひとつの松明ひとつの狂気だろうか
天に火傷を負わせ群れ寄る羽虫を炙り
昼も夜も燃え続ける
双生児として共に生まれるはずだった
意義の骸とそれに集る愚問のシデムシを
灰にし切れず燻り続け
重ね続けた否定の枯葉の塚に宿る魔物じみた手すさび
それを是として炎すら硬く結晶させようと


だが奪われた幼心を取り戻そうとする人は悲しい
逢魔が時 紫陽花の垣の向こう遠く
薄闇にとけた子どもへいつまでも目を凝らすように
神隠しをぽっかり抱いて老いてゆく


希望には落胆の足枷
だが秘密は淫靡な薬
深い水底へと誘って
冷たい太陽に沈めてくれる
わたしは誰かの懐で干し草の匂いを嗅いだ
そんな風に仰け反って落下した
栗鼠の錯乱と鈴の乱反射


床暖房に腹ばいで熱燗を飲んでいる
外は激しい吹雪 そして時間


わたしの火傷は緑色をした二人称



                 《2022年1月2日》







自由詩 火傷と神隠し Copyright ただのみきや 2022-01-02 13:30:55
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