素体回帰
ただのみきや

夜の死顔は隠匿される
太陽による窒息死
視覚の分厚い曖昧に覆われて
悪夢の下着を脱いだ獣の顎骨から
乱立するギヤマンの伽藍
涸れた河床を磨かれた顔たちが遡上を始める頃
剥離した脱落者は紐で括られて献花台の網目を飾る
神話より古い子宮の展開図
横断歩道ロール・シャッハ
意識のガス化
捲る指先を笑いが過呼吸で満たす
ぬかるむ足跡針と糸 
遠くから海は臓器を震わせて
向日葵の燃える迷宮でおさげ髪の仔犬を追いかける
フランス的体臭
とある時間を閉じ込めたガラスビンの蓋を回す
暦から零れ落ちる円周率の螺旋に浮かんだ小舟には
呪術的手淫から逃げだした蝶々夫人の舌をさぐる指
それらの全てが失語の裾野に展開する
擬態化したエコーではなかったか
ネクタイで縛り上げたキュピトのかたちの積乱雲
甘いめまいによる脱線事故と鴎のような射精
普遍的な暴力信仰のもと死産の子として生を受け
大気に膿んだ唇は行く場所も帰る場所もなく
あなたの皮膚と問答した
ああ錯綜する水の調べ微かにずれて落ちる認識よ
バナナのように剥かれたひとつの時間
現象は口形にむりやりに嵌め込まれた
裸のノイズの背徳性
イメージによる焼印よ
こどものように素直で洗練されていない
形象による接吻が遠近法の彼方限りなく無へ傾斜して行く
過去へ放った銃弾のように
辺りいちめん羽毛は笑った
結実を避けて液化する狂気
水槽から飛びだしたひとつの時間
床で跳ねまわるつがいの眼球よ
天然なる都霧の中で愛し合う狩人たちよ
猫が咥えて持ち去った時間
開けっ放しの裏口にしがみ付いた匂い
だが記憶はとけるリズミカルに雑事の中へ
毬棘毬棘蝶々結びの心臓よ
愛は片端になること半分失くして完全になることだ
花は現象か現か幻か枯れて萎れる物質が花か
印象として永久に燃えて揺らぐものが花か
眠りから剥離した日常の内壁を徘徊する男
忘却をつかみそこねて溺れる芝居を繰り返す掌の波紋
緯度と経度に刺し貫かれて花嫁が風に鳴っている
吊られた素体は無数の意図と絡み合い
見えても見えないお約束に慣れ過ぎていたし
黒衣は文字を使役することで使役されてもいた
ああ摩耗したペンキ塗りの胡散臭い神々の顔かたち
裏返された白い自己破壊の欲求が金魚のように脚を覆った
――あったのか源泉は 真っ二つにしたその中に
虹は鳴いていたか 金の卵は歌ったか
――闇があった 生まれる前の闇だけが滾々と
分け前だった 共食いだった 夜は再生する



                   《2021年12月1日》










自由詩 素体回帰 Copyright ただのみきや 2021-12-01 18:21:25
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