演者たち――眼差しの接吻
ただのみきや

声の肖像

どこかで子どもの声がする
鈴を付けた猫がするような
屈託のないわがままで
なにもねだらず行ってしまう

風がすまして差し出した
果実は掌で綿毛に変わる
ぱっと散った 光





死語の鍵穴

鍵を失くした子どもが泣いている
家に入れなくて泣いている
鍵は首からぶら下げている
なのに気付かず入れない

泣いて哭いて小鬼になって
鍵を失くした別の子を誘う
鬼になって家から出れば
楽しいことが山ほどあると

泣き腫らして目は真っ赤に燃えて
黄昏に影だけが伸びてゆく
夜に慣れたころ角や牙が生え
鍵のことなど忘れてしまう

鍵っ子にした親が悪いのか
否 鍵なんてそんなもの
開けるというより失くすもの
そこにあっても見つからない





交通安全の――

旗はおよぐ
風を 光を 一身に
曖昧な一点の
竿をつかんで何処へも行けず

旗はおよいだ 
時を 瞳を 懸命に
受けては流し照り翳り
その身を縞に巡らせて

真夜中に風が死んだ
おのれの卒塔婆をつかんだまま
しおれた黄の花
文字は闇夜にすっかり化けた





報い

死への変化は急でもあり緩慢でもある
あらゆる死を見つめ続けよ
詩を読むように死を読め
孤独な誤読に怯え続けろ
報いを受けるのだ
自らの終りの一行
予定調和を超越して美しくもない
詩である死の必然として
詩作はすべて刑罰の
習作であり戯れの遺書ではなかったのか
あきらめよ
詩人に逃れる術はない
主義も主張もただの脇役だった
愛も家族もトラウマも
詩への贄 記号へと変えてしまった
だがわれらは灰
記号から引き剥がされて
死の門口の暗いくびれを滑り落ちる
そこにもう夢想はない
立ち上がる音も意も
なにひとつつながらず
耐え切れないほど静かな
永劫――詩人の末路





スナップショット

ニット帽から眼鏡まで真っ白い髪を晒し
女は坂道――背丈ほどもあるまだかろうじて
色味を残した紫陽花の前――立ち止まり
足場を確かめるように何度も
濡れた落葉を踏みしめている
去り往く季節の残響 
明け方の濡れた土の匂いを
霧のような肌に包むまだ荒らされていない朝
カメラを構える女
手は二匹の華奢な蜘蛛
レンズの角度は紫陽花を越えてすぐ先の
低地に広がる公園のすっかり葉を落とした樹々
あの黒々とした絡まりに鳥でも見ていたか
それともその向こう夢からまだ覚め切らない様子
白い無表情で立ち尽くし光物をチラつかせる
あのビルに何かを感じたか
だが女が見ているものをわたしが見ることはない
わたしが見ていたのはカメラを構えた女であり
女が見ているものはいつもいつまでも謎のままだ
そして女もまた知らない
自分がこのように書かれていることを
いつもそう たぶん いつまでも





紫陽花

うつろな眼差しの接吻に
  かわいた紫を絞り出す 
         あじさいは   
 日に日に深く秋をわずらい
   暗く 濃く 光に沈む 
         踏みしだかれた 
           霜の匂い





孤独の標本

光を背にして黒々と樹は冷たい虚空に触れ
その影もまた濡れた芝草のうねりを這った
空にはなにもなく風すら死を模倣した
大地は確かにあった
だがいくら触れても影はなにも感じなかった
文字にすることで瞬間は永続する
水晶より硬い静寂



                     《2021年11月20日》










自由詩 演者たち――眼差しの接吻 Copyright ただのみきや 2021-11-20 17:36:25
notebook Home 戻る  過去 未来