いのちの湿度
ただのみきや

寒さがやさしく悪さして
濃い霧がおおっていた

蜂のくびれにも似た時の斜交い
あの見えざる空ろへ
生は 一連の真砂のきらめきか

四つの季節ではなく
四つの変貌の頂きを有する女神の
なだらかな乳房

太陽の燃え滓がくすぶっていた
――帰るって?
幼い自分の手を引いて一体どこへ

この秋の涙腺に口をつけて吸う者よ

雨は黙し
松葉は湛え切れず
つめたい雫
日差しはそぞろ目を反らし
あの気化した銀の輝きはなく
絹のように光を吸って瞑る
つめたい雫 ぬくもりよ
睫毛は鏡の向こうに仕舞い切れず

あからさまに 
      たんたんと 
           止めどなく

紙の舟 紙の仮面 
まだ目も開かない子猫を
丸めてこさえた心臓で
降り注ぐ悲しみから濾過しても
うまく繋げずこぼしてしまう
机の上の蒼いビーズ
すべてが虚構のような
若き日の涙に
人はふたたび頬を濡らせるか

意味もなく美しい
美しいものは全て

蟻はきょう日差しも背負わず
尽きることのない雨の戯言に
物狂いを演じている

あの文字の結び目を解いた時
あなたはどんな顔をしていたか
その開かれた角度になんの意味も持たない
壊れた置時計だったろうか
鼻腔深く喉の奥まで血の匂いがする

傍に一羽のアオサギが静止した
石を投げるには
憎しみは摩耗しすぎていた
誰かが景色に投網をかけても
風のようにすり抜けて
地から足が浮き上がったまま

サギの眼差しを愛し始めたころ
それが枯れ木の節くれであることに気付いても
縫い付けられたこころは
裂けても千切れても蜜のしたたり
肌に呪を刺す清姫の恋

毒々しいほど科をつくる朝焼けに
ぬいぐるみの瞳が白く曇っていた
死者の冷気と生者の体温がもつれ合う
仄暗く 時計もない
長靴の中にもうずっと 跳ね脚の
一本もげたコオロギが静物となって

やがて日差しは低く地にたゆたい
去り際の黄金をまき散らすだろう
病者のまどろみの中で

裸体の死にはなにを着せよう
粗末な貫頭衣
火炙りにされたジャンヌのように

裸体の死にはなにを着せよう
哀しいピエロの衣裳か
不器用な子どもの手が水玉を描く

裸体の死になにを着せる気だ
病名か 症候群か
餌場で囀る飛べない鳥たちよ

いったい裸体の死になにを着せる
男どもの情欲か ああ
聖なる淫売 悟りある少女と崇めて

裸の死になにを着せるのか
見世物小屋の蛇娘
肌に刺青したダーツ・ボード

裸の死になにを着せるのか
うつむいて喋れない
目の悪い 娘のままの

裸の死にはなにも着せるな
ことばの滓は今生に捨て置いて
魂よ初期化されよ
命よ死によって透明になれ



                 《2021年11月13日》






 


自由詩 いのちの湿度 Copyright ただのみきや 2021-11-13 13:46:29
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