山頂にて*
ひだかたけし

私は今花崗岩の上に立っている。ここでは同じ大地が地球の深奥の地点まで直接達している。どんな地層も、どんな夾雑物も、私とこの確固とした太古の基盤との間を隔ててはいない。

この山頂はこれまで生あるものを何ひとつ生み出したり、呑み込んだりはしなかった。ここでは一切が生命以前であり、生命を超えている。大地の奥深くへ引き寄せ、揺り動かすもろもろの力が直接私に働きかけてくる。そして天からのもろもろの力も一層間近かに働きかけてくるこの瞬間には、大自然をより高次の観点から理解することさえ可能になる。

ただ太古以来の、最初にして最奥の真理に対する感情に魂を開こうとする人間だけが、このような孤独感を味わう。そのような人間はひとり言うだろう、創造の深層の上に直接建てられた、太古以来のこの山頂の祭壇に、一切の存在者の存在そのもののために、供犠を捧げよう、と。

私は今、われわれの実存のもっとも確かな発端を感じる。ここに立って、世界を、そそり立つ山並みやひらけた渓谷を、豊かな牧草地を眺望するとき、私の魂は自分自身を超え、一切を超えて高まり、天へのおさえがたい憧れを感じるが、しかしやがて焼きつける陽光が飢えと渇きという人間的な欲求を呼び返す。そうすると人は自分の精神がすでにそこを超越して飛翔していった筈のあの渓谷をふたたび求めはじめる。









*ゲーテ『花崗岩について』より


散文(批評随筆小説等) 山頂にて* Copyright ひだかたけし 2021-11-11 20:50:38
notebook Home 戻る  過去 未来