仮面
46U

もう僕はよそへは行かないから帰っておいでと
ただそのひとことが聞きたかった

彼岸へすこし渡る その前にひるめしを食べよう
あなたはそう云ったので
わたしはピアスをして電車に乗りフォークをとった
やせてきれいになったとほめてくれて
あなたは彼岸へのおそれを口にしない
勇敢でたのしいこいびとだった

だけど あなた
わたしも彼岸へはひととき往っていたのです

そう云って仮面を取ったわたしの素顔に
あなたは絶叫してしまった
まひるのあかるい店のいぎりす風の紅茶の席で
あなたは絶叫してしまったのだった

あなたはその日 彼岸への切符を受け取ったが
結局渡らなかった と聞いた
安堵した
仮面の要らない生を活きてほしい
しんから願ったことに嘘はない

それから

仮面をかぶりなおしたわたしの
古いアパートのドアを穿った郵便受けに
どうしているかと便りが届く
閑かな暮らしを裂くように音を立てて去る配達夫

あなたからの
白い封筒 罫のない便箋 
几帳面な文字 おさない敬語

わたしの部屋に積もるあなたの言葉
積もる未練
あなたのものかわたしのものか解らぬ
みれん、というものが
積もる 積もってゆく
わたしの部屋に音もなく散りかかる
散りかかる 無数の便箋

けれど この耳に
あの絶叫は
いまも残り

みにくい素顔をさらすまいと
わたしは面をかぶったまま
つめたいゆうげを咀嚼している

配達夫が いま 去っていった 


自由詩 仮面 Copyright 46U 2021-11-11 05:25:50縦
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