わたしは壁のなかに育ったが
凍湖(とおこ)

わたしは壁のなかに育った
壁の外に
出たことも見たことも聞いたこともなかったが
外があることを知っていた

夏、庇の下に燕がやってくる
燕は夏に来て冬に去る
燕が冬を過ごす地がどこかにあるのだろう
その地のありようまでは想像できず

雲が流れる
黒雲が雨を山ほど落としていき
この地の池が潤う
この水はどこから来た
おそらくどこかから運ばれてきた
途方もない水の旅路もわからず

わたしは壁の外に出たことはなかったが
壁の外からやって来るものはあった
だから、外があることを知っていた

わたしは壁の外に出たことはなかったが
壁にさわってみたことすらなかった
ぴったりと頬をつけて
耳をすませば
ああこの壁のなんであるかがわかるだろうか
ザラザラとしているようで重く
ふわふわと湯気のように掴みどころなく
ないようで、ある壁の影を踏む

わたしは壁のなかで育ったが
いつかは壁の外を知るだろう




自由詩 わたしは壁のなかに育ったが Copyright 凍湖(とおこ) 2021-10-29 18:59:38
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