壁ですらなかった
いる

五十年 目の前にいたのに
会ったことないらしいんだよね
初めは まだうっすらと
見えていたらしいが

双方の呼気が煙幕となり
濃く厚くなり
情報は通さず
物質のみ透過可能な
絶妙な分離帯を形成していた
とかなんとか

飯が出る
金が出る
飯が出る
金が出る
飯が出る
金が出る

時に一方が原料を提供し
一方が製品を返す
その逆も

しかし一度も
会ったことはないらしいんだよね

まあそんなものなんだろう
経済的紐帯は堅固だ
友情だの何だのよりはるかに
と世間では言われている

その日々は「平穏」と呼ばれ
煙幕は時に「知恵」などと呼ばれた

ところで
それが壁ですらなかった というのも
大きいと思うよ
煙でしかなかった
抜けようと思えば いつでも
抜けて向こうに行くことはできた

でもそれはしなかった
かれらは
かれらの間には壁なんかなくて
それどころか
かれらは初めからひとつだと
感じてすらいたようだから

自分の手に会いに行くやつはいない
そういうことらしい

壁ですらなかったから
その壁に手をかけて
向こうを覗こうとすることもなかった
壁の向こうには会ったことのない
誰かがいるのだと思うこともなかった


自由詩 壁ですらなかった Copyright いる 2021-10-24 19:38:00
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