指さす先になにもない
ただのみきや

休日は地獄耳
落下する電車の静けさ
天井からぶら下がっている
こめかみの光 カミキリの声
傾斜し続ける 声の影
ぶどう酒色に濁った季節
腕をひねり上げる
  自由――自己への暴力


        あなたの少しもじっとしない輪郭
        言葉にする前に舌を焼いた
        蝋で固めた太陽がレモンに変わる
        思い込み――ロマンチックな包み紙
        まさぐる手から偶然が逃げ出した
        夜ベッドは難破する


わたしはとは混沌であり
形も定まらないひとつの惑星そして
いつの頃からかそこに住み着いた
微細な理性――バクテリアである
たとえるなら
《朝食――海から生まれた林檎
群れる鴎を追うように
天から巨大な手が伸びて来て
ひとりの少女に凍りつく――時間》
     ということとよく似た他人


        もてあますのは感情でも欲望でもなく
        剥離し続けるクロッキー
        空に焼べられるハミング
        静物の陰
        万華鏡の底へと突き落とされた
        盲人の雲に包まれた片目から発芽する
        踊り子たちの無言の剣幕
        朝ベッドは座礁する


頸動脈に押し当てた強いSの発音
陽気な死者の祭り
瞑ったままの目配せ
破綻したイズムと奇譚のリズム
きのう改革印のハーブをくゆらせて
麦酒を飲んでいた男の鍵は
階段を踏み外して過去へといってしまった
それでも生臭いその尖塔に
プロジェクション・マッピングされている
太陽/月の暗喩 スフィンクス的沈黙
キスそして鈍器
行方知れずの女の顔


        青い光の檻で飼われていた
        兎たちは皆ウイルスに感染した
        浮腫んだ思考 油膜の世界
        モザイクを外せない情操教育で 
        吊るされる心臓
        片言の痙攣
        乾燥した儀式の吸音
        女の吐き戻した童話から起き上がった戦死者の群れ
        永久凍土の薔薇
        こうしてまた思想は春をひさぐ


死の輪郭を唇で推し測る
旅――メロディアスな言葉への瓦解
古代の戯画が虹を叫ぶ
付箋のように 目隠しのように
延々と続いた不妊の儀式
小鳥のつくろい 煙の仕草
帽子を目深に被ったまま
男の笑いは地図の空白を長くさまよっていた
未完のまま放流される歌の稚魚たち
裳裾の捲れたオフィーリア
視神経を遡上する針の巡礼


        少女の起立する青いマグマ
        青いザクロ 青いアワビ
        そして青々としたマゾヒズムの丘で
        固い自己否定の誓約のもと
        投石機に結わえつけられた恥部が無数の
        キャッチ・コピーのタグを付けられて
        刺し違える的もなく生乾きのまま
        行きずりの快楽的憐憫を浴びていた
        青い全身骨格は標本になれない
        宇宙が剥がされても標本にはなれない
        真を夢として放逐した
        したたるモノクロの青


人形に内包された時間
彗星になれなかった時間
生垣を潜り抜けて父性をチラつかせる時間
わたしもまた死産の太陽を吐き戻す
ひとりの売春婦にすぎない
記憶に響くパイルドライバー
国家という茶番劇を鑑賞しながら
そこに蠢くモブとして己を見つめる時間
絵画展よ 肩ひもを外せ
仰け反った季節の淫らな感傷に
そのピアノ的氾濫
裸体の寸劇に
咬まれて破顔する金魚鉢よ
けだるい種子たちの囁きに走り回る
霊媒師の尻の語感に
この放蕩に名をつけろ
あなたの不機嫌な口もとの(,)
ひとつの朝を捲り続けるもの



                   《2021年10月23日》







自由詩 指さす先になにもない Copyright ただのみきや 2021-10-23 16:27:56縦
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