蟹は食べない
竜門勇気


僕は土の中なので
蟹は食べない
冷たい濡れた内側で
蟹は食べない
蟹は食べない

のたうつ雨の日も
ひび割れる晴れの日も
泥の壺の中でぬめっていた
ひどい気分になるときもあるけど
ここはあったかい
そんで何もかもだめになっていく

僕は土の中
空があることは知ってるし
空があることも
そうじゃない場所があることもわかる
いつもどおりの無数の夢想が
どっかでかけてって
手に紙袋をめいいっぱいぶらさげて帰ってくる
まぶたを上げずに
世界を支配してる唯一の王様について考える
きっとすごくいいやつだ
まだ生まれてはないみたいだが

台所で大きな鍋に水が注がれる音がした
鍋の底を水が打って鳴った音が
注がれる水にたわんだ音に変わった
ナイロン袋から凍った何かが取り出される
ガサガサした音と氷の粒が
辺りに散らばって溶ける音がする
僕は土の中
蟹は食べない
蟹は食べない
僕の無数の夢想は一つだけ蟹を買ってくるんだ
黙ってたほうがお互いいいだろって意味かもしれないし
僕が蟹が大好きだって知ってるのかもしれない
コンロに火が入る
鍋のフチについた水滴の内側から
空気が湧いて水滴は消え去った
何もかもがわかるけど僕は
蟹は食べない
蟹は食べない


自由詩 蟹は食べない Copyright 竜門勇気 2021-10-19 11:39:57
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