The Root Waste Disposer
ホロウ・シカエルボク

滑落し、転がり、露出した幾つもの岩石に研磨されながら、激突し、砕かれ、折れ、失い、果てしない距離を、途方もない時間を、次第に確固たる死へと導かれてゆく、ただの夜に迎える感情のおおよそにはそんなビジョンがある、それは正面では上映されない、スクリーンは、隠れるように、けれど確実に、微かにとらえられる、そんなポジションを常に維持している、そして、繰り返される、同じ衝撃、同じ痛み、誰かが人生は糾う縄だと言った、必ずしもそうではないと言い切れるのはこんな夜の我が身をおいて他にないだろう、人生、悪いことばかりじゃないよ、なんて、そんなおためごかしを本気で信じることが出来るのは、所詮枠内で生きている人間ばかりだ、どういう意味か分かるかな、「人生」「幸運」「不運」「夢」「希望」「絶望」そういったカテゴリの中で泣いたり笑ったりしてる連中だってことさ、本当の滑落の途中、人はいったいどんな景色を見るのだろうか、ただただ死のスピードで動いていく、さっきまで穏やかだった景色をただ見つめるだけかもしれない、そこには思考する隙間など存在しないかもしれない、そう考えるのが普通だ、それなのにすんなりとそれを受け入れられないのはそうしたビジョンに慣れ過ぎたせいなのか、滑落を生きている、いつだって滑落の中を―そこから抜け出す手段を探すのがきっと人生の目的なのだとそう思っていた、でもそれは間違いだった、どんな手応えがあろうと、足掻きの中で何を手中に収めようと、それは必ずやってきた、何度目かの夜に、これは間違いなのだと気づいた、これがそうなのだ、この景色こそが…地獄のステージのひとつめにこんな地獄がある、人減同士で殺し合いをし、食らう、食われたものは食われ終わるとまた蘇り、また同じ闘いの中に身を投じる―これはそれと同じだ、滑落の中で、そのスピードと、痛みと、衝撃の中で、出来る限りのものを見なくてはならないのだ、どんなものを見つけても景色は変わらなかった、これにはきっと確実な意味があるだろう、そんなものを見つけてもそれは必ず始まったし、どこかで止まるというようなこともなかった、それは決して動かないものなのだ、必ず起こるというのはそういうことだ、必ず起こるというのは変化しえないということなのだ、それはある意味で約束された出来事といえた、約束された出来事の中で、受け止め続けることだけがルールのように思われた、そもそも、滑落である以上どんな抵抗も成り立つわけはないのだ、もしもそんなことが成り立つならそれは滑落なんて言葉で語られることすらないだろう、その中をじっと見つめていると時々、赤いものや白いものが見えた、身体が削られているのだ、自分の破片がそこらにばらまかれているのだ、その認識は、痛みをこれまで以上に確実なものに変えた、理由が生まれると現象は力を増すのだ、耳を澄ましてみた、地面の上を滑る音、激突音、折れる音、砕ける音、特に音には様々な種類があった、じっと耳を澄ましていると、どこからその音がしているのか聞き分けることが出来るようになった、それからは痛みの知覚の仕方も随分と確実なものになった、そうして知ることをひとつひとつ増やしていくと、初めはどこかで朦朧として失われていた意識も、次第に長く保たれるようになった、現象そのものは変えられない、しかし感覚はある程度変えることが出来るのだ、それが収穫といえば収穫だった、それは突き詰めようと思えば幾らでも突き詰めることが出来た、肉体のどのあたりの損傷なのか、どのあたりの血管から流れている血なのか、かすり傷か、それとも致命傷か―「滑落」という現象について一冊の本を書きあげているみたいな感覚だった、どんどんと、どんどんと、そのページは増えていった、滑落について書かれた本は、図書館の奥で埃をかぶっている、取り出すことにも苦労しそうな百科事典によく似ていた、そのうちに、滑落しながら笑うようになった、ちょっとした笑みではない、げたげたと笑いながら滑り落ちていくのだ、その滑落について、分からないことはもうほとんどなかった、新しいことを知るのにも大して苦労はしなかった、ただひとつ、どうしても分からないことがあった、それは、どこかで止まった時、身体は、精神は、いったいどうなっているのだろうということだった、そのビジョンはいつも、必ず途中でカットアウトされていた、その先はもうないのかもしれない、あるいは、まだ知るときではないのかもしれない、もしかしたら、本当に命が潰えるその瞬間になって初めて見えるものなのかもしれない―けれどそれはすでに恐れるようなことではなかった、だってそうだろう?少なくともそれは必ず、幾つかの新しい何かをこちらに教えてくれるに違いないのだから―。



自由詩 The Root Waste Disposer Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-10-10 21:57:41縦
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