悪い飲みかたの話
ホロウ・シカエルボク


悲鳴の在り方を、お前は、事細かに説明する、無意味だ、喋る価値もないようなものだ、俺はそんなものに興味はない、お前のそんな話を聞いていても仕方がない、けれどお前は喋り続ける、何かにとり憑かれたみたいに、それについて良く知っている、お前以外の別の意識に、身体を乗っ取られてでもいるように…一時間、二時間、三時間と、その話は延々続いている、まるで終わる気配がない、俺は諦めてソファーに横になる、話はまだ続いている、俺は苛立ち、寝返りを打つ、それでもお前は止まることがない、もはや、口を閉じるという選択肢をどこかへ落としてきたみたいに、瞳孔をいっぱいに開いて話し続けている、こいつをどうしたものだろう、と俺は考える、まったく、気でも違ってしまったのだろうか、それにしてもいい加減、口を閉じてもらえないものだろうか、俺はクタクタに疲れているというのに…俺の願いは届かない、俺の願いは決して届くことがない、俺はウィスキーのボトルに手を伸ばす、そいつを思い切りお前の頭に振り下ろす、ズドム、という鈍い音がして、お前の頭部が激しく一度傾く、それからお前は体勢を立て直し、とち狂った声でまた話し始める、二度、三度と俺は便を振り下ろす、割れるまで打ち付けてもお前は話すことを止めなかった、俺は砕けた部分を使ってお前の頭を削り始めた、氷の彫刻を作るみたいにさ…ざっく、ざっく、ストロベリーシロップをかけたかき氷みたいな破片がそこら中に飛び散る、お前は話し続けている、俺はさらに削る、俺はさらに削る、お前は話を止めることはなかった、頭を半分欠損して欠けた月みたいになってもお前は話し続けていた、駄目だ、と俺は思った、こいつを止めることは出来ない、俺は真っ赤な部屋をほったらかして外へ出た、様々な人間が悲鳴について話していた、俺は割れたボトルを手に持ったままだった、割れたところが真っ赤に染まった…夜でなければそれはあっという間に誰かに気付かれただろう、都合がいいことに、このあたりの外灯はすべて壊れていた、おかげで、そこらの窓のカーテンの隙間からぼんやりと漏れている灯りだけが、やりたくないけどしかたなくといった調子で路面を照らしているだけだった、そんなこともあって俺はただの割れたボトルを持った少々飲み過ぎた酔っ払いだった、俺はあてもなくふらふらと歩いた、ただ自分の部屋から遠ざかりたいだけだった、時が過ぎ、夜が更け、すれ違う人間がどこかへつまんで投げ捨てられたみたいにがくんと減って、気持ちはようやく落ち着いてきた、あの部屋に戻りたくないな、と俺は憂鬱な気持ちになった、あいつは今頃喋りやんでいるかもしれない、そして天国の階段を上っているころかもしれない、脳味噌をぶちまけて床に転がっているあいつを見て自分がどんなことを考えるのかまるで見当がつかなかった、でもそれはとても怖いことだという気がした、俺はだんだんと人の消えた街の片隅へと歩いて行った、パトロール・カーが後をつけてきているのに気付いたときにはもう遅かった、俺は諦めて彼らの呼ぶ声に振り向いた、彼らは銃を持っていた、銃口を俺に向けていた、俺は荷物を捨てて両手を上に持っていった、二人の警官が下りてきて、一人が俺を押さえつけ、壁に手をつかせた、もう一人が俺がまだなにか持っていないかとボディチェックをした、ボクシングのそれよりはずっと入念なチェックだった、よお、旦那、と若い方の警官が言った、「まず、あんたが持ってた血まみれのボトルについて話してもらおうか?」女を殺したんだ、と俺は答えた、若い警官は緊張したが、もう一人の警官が首を横に振った、「返り血を浴びてない」「手のひらを上にしてこちらに見せてみろ」俺は言われるがままにした、うわっ、と警官が低い声を上げた、「左手が血まみれだ」「自傷癖があるのか?」そんなものはない、と俺は答えた、ドラッグは?と警官は続けた、俺がなんて答えるか知っているみたいな聞き方だった、「やってないよ」と俺は答えた、警官は頷いた、それについてはもう追求されなかった、とにかく病院に行くべきだ、と彼は言った、財布を持って来ていないからいいと俺は答えた、気にするな、と警官は答えて、俺をパトカーに押し込んだ、女を殺したんだ、と俺はもう一度言ってみた、「その話はあとだ」警官はパトカーを静かに走らせた、救急でクソ痛い麻酔注射を打たれ、クッションでも縫うみたいに傷を縫い合わされ、ガーゼで覆われたあと、包帯でぐるぐるにまかれた、コメディ映画で見るような大袈裟な巻き方だった、お金は気にしなくていいから明後日また来なさいと医者は言った、それから、警官の方を向いて、三週間くらいだね、と言った、警官は頷き、治療費は俺に言ってくれ、と答えた、医者は頷き、今は会計がやっていないから明日また来てくれと言ってすべて済んだ、「さあ、家に送ってやる」と警官が言い、俺をまたパトカーに押し込んだ「いやだ」俺は押し込まれながら言った、「死体がある、女の死体が」ふー、と警官が短い息をついてこう言った、「なあ、よく聞け」犬に言い聞かすみたいに俺の顔を両手で挟んだ、「あんたがあの家で女を殺したのは今から二十年前だ」「殺されても仕方のない女だった、みんながあんたに同情して、あんたは五年間ぶち込まれて帰ってきた」「それから何度も俺たちはこうしてあんたを病院に連れて行ってる」「思い出せよ、俺たちはすごく大事な話をしているんだぞ」俺は予想もしない言葉に目をぱちくりさせた、それから、いいさ、と話を切り上げた、「俺の部屋に行けばすべてわかるだろう?上がっていってくれよ、死体と一緒にコーヒーでも飲んで行ってくれ、今日の礼としては安いけどな」ああ、と警官はまるでそんな風に誘われたのが初めてじゃないみたいに、表情を動かさずにそう答えた、俺はなんだか自分のしたことに自信がなくなっていった、部屋には僅かな血痕があるだけだった、俺は狼狽した警官たちを見た、「どうかね」わからない、と俺は答えた、やれやれ、と警官たちは首を横に振った、「とにかく早くベッドに入るんだな、一晩眠れば気分も良くなるさ」そう言って彼らはパトカーに乗って帰って行った、俺はしばらく部屋の中に立っていたが、突然無性に悲しくなり、キッチンの引出に入れてあるオートマチックを取りに走った、でも引出の中にはなにも入っていなかった、「畜生」俺はそう呟いた、警官たちが俺に黙って持って行ったに違いない、眠れるわけがなかった、俺はキッチンの蛇口を捻り、冷たい水を浴びながら一晩中泣き続けた、そのせいで風邪を引いて酷い熱が出たけれど、酔っぱらって変な夢を見るよりはよっぽどマシなことだった、傷はそのあと医者に見せることはなかったけれど、包帯が汚くなるころには勝手に治っていた。


自由詩 悪い飲みかたの話 Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-10-03 22:08:02
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