玉手箱
ただのみきや

忍路・蘭島

翡翠と書いてカワセミと読む
そんな宝石が飛び去る刹那の後姿を
有難い気持ちで見送った

3500年前の環状列石は
見かけも手触りもありふれた石
そりゃあそうだろう

海の家は閉まり
穏やかな諦念 砂浜は
波のいいように身を任せている

散漫にサラサラ仕事をこなし
早めに引き上げる
縄文の恋人をひとり連れて






失語楽園

わたしは言葉を失っている
そう 書くことはできる
事実わたしは言葉を失くしているが
言葉を失くしたわたしを言葉で描写することはできる
言葉を失くしてそうなったのか
いや 初めからそうだ
自分の言葉など全く知らない見当たらない
すでにある言葉を夢中でかき集めては
バラして並べて積み上げる見栄えを気にしながら
だが 言葉は機能する
見えないパペットを操るように だ
一個の魂のまわりに宇宙が形成される
子宮があって
ゆり籠があって
棺桶もこさえてある が
いつまでも生まれないし存在しない
不在を恥部として
よさげな無花果の葉で覆っている
わたしが抱いてあやしているわたしの魂 それは
産着に包まれた夜の欠片





浦島

きみはモダンな仏壇のよう
指先を凍傷で染めながら胸の留め金を外すと
なま臭い蟹籠の向こうから吹いて来る
眼孔すらとうに失くした鈍色の視線があった

祭具のような硬い孤独を相続するために
遡る血がいつのまにか清水となって一枚の
死者の面影をくゆらせる青葉の影の乳房に
這い登ろうとする小さな爪がはらはら舞った

鳥は縫う問い返す間も与えずに
窪みの水は裂けた静かに乳飲み子の微笑みのように
甲羅を剥がされた魂はもぬけの殻
滓の匂いを懐かしむ自分の尻尾を追うように

潰えた声を宿す顔から零れ落ちるフナムシ
静けさは粒立ちながら広がって潮騒をも食んだ
打ち上げられた浦島は若い頃と同じ姿 きみは
虚空の銅鑼を鳴らすには非力すぎる筆に朱を宿す

全て空洞を宿すものには静かな違和がある
時間に対流と淀みが生じ木霊はずれながら巡り続け
蜃気楼が元型的死者たちを飾り踏む影を暗喩めかせる
だがやがて空ろは空ろへと還り百鬼夜行は煙と化す

きみの真新しいパンツスーツから線香の匂い
わたしの情欲を投影した瑞々しい肉体が
いま細切れの言葉となって散らばっている
人気のない海が突然唖になった俳優のように叫ぶ

浦島と乙姫に乖離したまま
割れた符号がいつまでも半分ずれたまま
きみは真っすぐ歩いてゆく
そのために必要な護符を自ら書き続けて



                   《2021年9月4日》










自由詩 玉手箱 Copyright ただのみきや 2021-09-04 14:39:22縦
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