顛末
墨晶

          雜文

 オレはただ寢ていた

 朝、何度かドアチャイムが鳴ったと思う 無視した

 もう午後だったと思う

 そのうち

 うるさいサイレンが聞こえた

 近所で誰か死んだのかなって思った、でも寢てた

 すると

 なにか外で、男たちが無線で「現場到著しました」「OKです」などと云っている

 閉じっぱなしの雨戶がガラガラ開けられ

 玄關のドアをガンガン叩かれ

 オレは「大丈夫ですかああ!」等と怒鳴られている

 流石に、オレはなにか壯大な誤解をうけていると思い玄關に出た

 するとオレンジ色のナイロンの上下にコンバットブーツ、ヘルメットを裝著した一團がそこに四、五人いて

 今だったら「アンタら『有頂天』か」と冷靜に云っただろうが、とりあえず

「何です?」と訊いたところ、

「安否確認です! Kさん、ですよね?」などと云う

「あの、どう云う運びでこうなったんですか? わたし大迷惑おかけしちゃっているようですけど」と云うと

「えーと、朝、會社の方が伺ったようですが、車が駐車場にあるのに出ていらっしゃらない、攜帶もつながらない、御親族の、えーと、M區にいらっしゃる、これはお兄さんですか?」

「弟です」

「まず會社の方が『これは變だ』と考え、それから弟さんに連絡を取り、弟さんは『今、お酒を呑んでいるのでこちらには來れない』とのことで、通報となったわけです。あの、御病氣をお持ちだと伺いましたが?」

「・・ありますが、問題はないです、今日は」

「『今日は』? 本當に大丈夫ですか?」

「はい、ところであの」

「はい?」

「今日は月曜日ですか?」

「月曜日、ですね」

「そっか、出勤日だったか。閒違えた、寢てました」

「・・あ、あー、そう云うことですかー!」

「・・ホントにすみません、こんなに出動して貰って」

「いいえ、いいえ! 全然問題なければそれで良いんですっ! あー良かったー!」

「ご迷惑おかけしました」

 オレは誰の眼も見ることができなかった。誰の眼すら見る資格なんてなかった

 醉っぱらいの末路がコレなのだと悟り
 見上げると、一度も姿を見たことのなかったアパートの周圍の住人が
窗からわたしを見下ろしている

「えーと、この後、警察さんが來て全く同じ質問をすると思うんですが、お答えいただいたことをそのままお答えして頂ければ、それで終わりとなります」

「わかりました、お騷がせしました、すみません・・えっ!」

「はい?」

「あなた方、どちら樣?」

「あ、消防です」

 オレは救急車に三囘乘ったことがある
 自殺未遂一囘と心臟疾患で一囘だ
 囘數が合わない? 良いのだ
 オレはことばを封じた

 馬鹿みたいだが、
 オレは外行きの服裝に著替え、脫力して寢ていると
 警察官が來た
 ひたすら謝った

 そして
 運命が待っている
 オレは寢ていた
 ドアチャイムが鳴った

 眼を上げずにドアを開けると
 傷だらけの革靴と靑いシャツが包む大きな腹が見えた
 見上げると、眼鏡の奧の眼が笑っている
「大丈夫?」
 營業部長だ
 オレはあろうことか
 抱き著いて泣いた


 あ、ウソです
 
 


散文(批評随筆小説等) 顛末 Copyright 墨晶 2021-08-17 06:16:00
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