火炙りの朝
ホロウ・シカエルボク


擦れ合うふたつの金属のような
疫病の女の叫び声が
複雑に入り組んだ路地で反響を繰り返し
縺れ合っては消えていく雨交じりの夜明け前
悪夢から滑落した俺は
自分がまだ生きているのか確かめているところだった

ブレイクビーツな静寂
時間は切り刻まれていて
時計の概念が滑稽なほどだった
視覚や聴覚が何の役にも立たない
そんな世界の中に
存在したことがあるか?

外界と内界の混在、または互換
電話機は最後の案内の為に待機している
窓は絶対的な領域の
具現的なものとして枠に張り付いている
一番近くで聞こえる
呼吸すら歪んでいる

これは現実ではない、日常がそうだというのなら
これは現実ではない
けれど、細胞の隅々まで汚染するかのような
この痛みは、怖気は、
リアル以外にどんな呼称も思わせはしない
ひとつの乱れのあと、繰り返される同じビート

緊張を解くように首を動かすと
椎間板の辺りで肉を潰すような音がする
枕元に転がっている昨日の遺言
もはや判読出来るような代物ではなかった
灯りを点ければここから逃れることは出来るけど
どうしてもそうすることは出来なかった

清潔な腐乱死体の
死後硬直が起こす振動
シーツは地震計のように
それを記録する
例えばそれを文字に変換したとしたなら
いま俺が一番話したい言葉になるだろう

もしも夜が
平穏だけに沈むものであったとしたら
詩人は長生きすることは出来ないだろう
内面の動乱に掻き毟られるときにだけ
奴らの目はギラギラと輝く
それは俺とて例外ではない

思考は水滴のように
水面に波紋を起こし
生まれたヴァイブレーションは水底に到達する
それをキャッチして頭を持ち上げるのは
いつだって
鋭い牙を口腔に敷き詰めた獰猛な魚だ

姿見の前で
入念に研いだ刃物で吾身を掻っ捌く
悲鳴を上げながら
骨、内臓、筋肉と
見事に切り分けられたそれは
墓地の片隅で腐り灰になるまで捨て置かれる

君よ、もしも俺の言葉が
君の中に何かを残したとしたら
そんな愚行に精を出す素質があるということだ
悪ふざけは自分を殺さない程度にやるんだよ
この見極めは非常に難しい
本当に死んでしまったやつも数限りない

詩人は狂気に首輪をつけて
ものの見事に連れ回す
好きものどもが群れ集って
「可愛いですね」とお世辞を言う
俺は狂気にこっそりと
「食い漁れ」と耳打ちする

見てくれよ、こいつが暴れ過ぎるせいで
俺の腕は奇妙な形に捻れてしまっている
ペンを取るのも一苦労だぜ
字を書くのなんてもっての他だ
それでも脂汗をかきながら
ディスプレイを睨んでいるとなんだか笑いがこぼれてくる

ふたつの目と、それから
どこかに
自分を見つめるための目を
いつでも隠し持っている
確かな照準のような視線
いつでも俺の眉間に真直ぐに合わせられている

刹那的なこと、悲劇的なこと
破壊的なこと、暴力的なこと
あるいは幸福感や至福感
愛や慈悲といった、それらすべてを
いっぺんに語るならノイズのように発するしかない
俺はいつでもそれが自然なことだと感じている

見てくれよ、もう夜が明けようとしている
夜に放り出されたときにそれを畏怖しないために
俺たちはきっとフレーズに取り憑かれている
君だって本当はそうじゃないのか
すべてのことに決着をつけられなければ
誰だって安らかに眠ることなど出来るわけがないんだ

俺は狂気に首輪をつけて
長いこと説き伏せる
狂気はありえないほどの血を吐き
俺は生温い血に溺れそうになる
血の中に、血の中に、血の中に
言葉にしなければならない温度が隠れている

誰がそれを成し遂げるだろう
誰がそれを掬うだろう
誰がそれを抱きしめるだろう
誰がそれを浄化するだろう
夜明けに染められて弱気になるカーテンの向こうに
きっと本当の狂気が牙を剝いて待っている



自由詩 火炙りの朝 Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-08-15 21:36:52
notebook Home 戻る  過去 未来