五輪と夏
番田 

夏は鳥料理に限るなと、食ってばかりいる気がする。ドトールにも行き過ぎなような気もする、デニーズは見かける事自体がすくないけれど。オリンピックは終わってしまい、思い出すことは多くはなく、あっという間だった。僕は何を見ていたというのだろうか。メディアから与えられるものは現実よりも実感に欠けるということなのだろうか。しかし、食べ物ばかりに、でも、固執してはいたくはない。何も、それしか、楽しみがないのだとしても。川べりを久しぶりに歩いてみると、湿気のせいか、汗だくにさせられてしまった。このようなことは、今までにあった気は、なかったような気がする。温度のみならず、でも、湿度も恐ろしく高い。不快感が、子供の頃よりも間違いなく高くなっていると思う。懐かしむべき数々の風景も、その苦しみ故に、そして、頭に残されることも少なくなったものだった。


僕は何度か、眠りに落とされそうになった。寝付けない苦しい夜も、最近は増えてはいるが。テレビをつけると、そこには、いたはずの選手の姿もいなくなっていた。僕は、いつも、ただ、見ていただけの選手だったのだけれど。


散文(批評随筆小説等) 五輪と夏 Copyright 番田  2021-08-11 01:35:36縦
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