go back on
ホロウ・シカエルボク


三つの錠剤とヴァイオリン・ソナタ、かすれた窓の前で漂っていた、身に着けたシャツの細やかな汚れが、人生を語るみたいに揺れている午後、それは心電図を連想させる、無目的の…指が少し痺れているのは眠り過ぎたせいかもしれない、現在時刻を確認するのはやめようと思った、カフェインが消化試合のように淡々と脳味噌に染み込む、常にその先を得ようとする人間が目にするものはいつだって過度なくらいのプレッシャーだ、シューティング・クラブのターゲットみたいに数限りなく、矢継ぎ早に、目の前に現れる、そして決まって、俺は引鉄にかけた指に力を込め過ぎる、審判の瞳には見慣れた現象に対する無関心が映し出されている、銃を捨てる気にならない理由なんかずっと前から知っている、もしも自分に銃口を向けるならそれはこめかみがいい、口に咥えるなんてもっての他、顎の下?ショットガンじゃないんだぜ…銃口を当てる時に自己紹介に見える構図なんてそれくらいしかない、マナーだ、なんて言ってしまえばそうかもしれない、断続的な雨の日が続いていて、休日のほとんどがうなだれている、空中にばらまかれた塵を数え続けているかのような平日があと半日もすれば訪れる、出来事にいちいちタグをつけたりするような真似はもうやめた、ほとんどの場合それは区別する必要などないものだ、コンビニエンス・ストアの不自然な行列、誤解を恐れずに言わせてもらうなら、彼らはおそらく人生にあまり価値を求めたりしないのだろう、腫れの記憶を持つ肌が余計な不安を植え付けている、出来ることならこのまま枯れてはもらえないものか、空気は煤けている、角を曲がればセメントのドームに大口を開けただけの焼却炉が現れる、こんな空の下の路地ではそんな幻想に取り憑かれる、もしもなにもかも燃やして終わりに出来るならその方がずっといい、けれど簡潔な処理は人生を単純にする、それ人混みの中でぐるりと見渡してみればすぐにわかることだ、道の向かいのゲーム・センターから怒声が聞こえる、躾のなってない犬が数匹吠えているだけだった、あいつらはいつだって喧嘩をするふりだけが上出来だ、また雨が降り始める、傘すら持っていない連中が軒下に移動している、ビニール傘を打つ雨粒が立てる音は悪足掻きに聞こえる、そんな音があたりを支配してしまうから、世界はほんの少しだけ穏やかに見える、スティングのヒット曲が小さな電化店のラジカセが受信しているラジオ電波から流れてくる、彼はきっと故郷に居たってそんな思いを感じ続けているだろう、記号の羅列が真実を語るなんて夢物語のようなもの、なのに人はこぞって言葉ですべてを片付けようとする、爪楊枝で剣劇をするようなものだ、命を賭けるような闘いなどない、時間が経てば指が痛くなるくらいのことはあるかもしれない、駅前の観光客はまばら、満たされる土地へと特急が滑り出す、八社のアナウンスにはこちらの心を急かすような不思議な力がある、駅によって辿り着ける場所、目的がそんなものなら人生はイージーだ、もちろんそんなものだって、嫌いではないけどね、列車が走り去ってしまうと、「ああ、行ってしまった」という空気が辺りに漂う、けれど見送る連中は誰一人そのことに気付いては居ない、臆病さと堅実さは同列には並ばない、もしかしたらその二つの列はとても近くで連なっているのかもしれないけれど、まるで真っ白い霧に向かって何発も銃をぶっ放しているみたいだ、悲鳴も鳴声も、理由もよくわからないままに、痙攣する右目の瞼を気にし過ぎているうちに数分が過ぎていた、世界は一秒ごとにかたちを変え続けている、俺は幸せな人間じゃない、それを享受したら人間はきっと馬鹿になってしまう、爪先が濡れながら景色を更新している、ヴァイオリン・ソナタはもう、はるか後方で曲目をチェンジしているだろう、音楽も、文学も、風に消えない足跡が欲しいと願ったものたちが血眼で追い続けた結果だ、遠雷が聞こえている、スマートフォンが地震速報をキャッチする、路面電車が恐竜の鳴声のような車輪の軋みを聞かせながら通り過ぎる、雨はほんの一時、長い息を吐き出すみたいに降り続いてすぐに止んだ、水溜りに灰色の空が写る、音楽を聴きたいと思ったけれどイヤホンを持ち合わせていなかった、けたたましいサイレンを鳴らして救急車が交差点を通り過ぎる、目を凝らしてみたけれどそこに寄り添っているかもしれない死神の姿は見えなかった、狂ったように人が行きかっていた、少し早足過ぎると思った、ほんの少し太陽が覗いたけれど、雲は去って行かなかった、誰もがすべてを喋りきらないまま進行している、俺はすでに明日のことを考え始めていた、けれど、それは目的ですらなかったし、俺自身に関係があることかどうかすらもよくわからないままだった。



自由詩 go back on Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-07-18 15:53:43
notebook Home 戻る  過去 未来