憑きものばんざい
ただのみきや

追憶儀礼

二人の時間はまだらに溶けて
いることすらも忘れてしまう
美しい他者 異なる種族
愛はアルビノ ひそやかな野性





お茶碗欠いたの

月は隠れてRした
なにひとつ発語することなく
  呼び交わす
   水と水
いつかの夢が井戸を上って来る
双子のようにRした 頭骨の
裏にこびりつく
     暗黒の踊り子





机上の磯遊び

考えることに疲れ果て
冷たい皿に頭を乗せた
そして もう一枚
皿を反して上から乗せて
からだを切り離せば
わたしは一個の貝
脳は自閉のための腕力だ

からだはもはや他者で蛸
遠浅のゆらめく光に漂って
四肢や性器を小魚に啄まれている
 棄てたはずの思考がチクチク
(あれは快感 それとも苦痛かしら )
忍び寄ってそっとつないでみた
  途端に射精――ミズコノミズクラゲ





別れの祭文

男は後ろ手にゆで過ぎたマカロニを隠していた
女は大きな草鞋をおんぶ紐で背負い
夕焼けをめくり始めてそれは素早く加速していった
男の声がふくらはぎに触れる前
――言葉はなくほとんど空気だったが――
等身大のこけしが飛んで来て男を直撃した
ぺしゃんこになってもまだマカロニには息があった
倒れた男の顔を赤い前掛けの地蔵が見下ろしている
(うせろ 見世物じゃない! )
二人で火にかけた鍋がいまもそのままだった
金輪際だいこんは抜かないし洗ったりもしない
獅子頭に股間をあてたのも十三の頃の出来心じゃないか
だが届かない 女は裸の声となって走り出し
その全身には暗い縄目模様が刺青されて行く
足あとはベンガラで染まり一足一足が彼岸花のよう
夕闇へと続き空には真っ赤な子宮が黒々と口を開けている
男は胸ポケットからペンと手帳を取り出しては何か書き
書きつけたものをまたグチャグチャにペンで塗り潰した
まるで追い詰められたインコの羽繕いのよう
(だめだ まだ終わりじゃない おれには手がある )
男は白衣を身に着けて聴診器をぶら下げた 途端――
二つ目のこけしがぶち当たり額が割れた
(可憐 )一瞬 確かにそう思ったのだ 
マカロニたちはすでに死の完成形であり完全体
草葉の影の虫たちの囁き やがて
一つ目小僧たちが集まって来て男を囲んで歌い出す
解らない古代語 グレゴリアンチャントに似ていた
するとそれに交じって遠くから落語らしきものが聞えて来て 
切なくなって泣き出した
はっきり聞こえないはっきり見えない
この歯がゆさ 腹膜の鳥肌よ
男の涙は砂糖水の味がする寝小便だった
(マカロニの内径がスパゲティの直径だとだめなのか
 おれは最後まであいつを喜ばすことが出来なかった )
男は自分のコンプレックスのフィギュアを造形して
奇妙な言葉による着せ替え人形遊びが止められなかった
こと自体芝居だったのかどうかも最早わからなかった
ことすらも夢か現実か曖昧になってきた
などと手帳に書いては消して書いては消して すでに
翡翠の赤坊は涙腺に詰まったまま息を引き取っていた
すっかり土に取り込まれて女は 無数の蛙たちの笑い
油のような闇の流れ
そして一面のこけしたち 血を吸ったように真っ赤な
どれもこれも モナリザの微笑み





まばたき

場外市場では朝早くから飲食店が開いている
子どもたちのふくらはぎは雨でも白く安らか
コンビニ前で煙草を吸う人々はみなマスクを下げ
片手のスマホを覗いていた

 霧雨の中で崩れてゆく 焚火から
 ひとりの赤ん坊が這い出して来る

鳥ほどの寡黙さも保てずに水たまりは爆ぜた
映し出した真実を湛え切れず
タイヤをダイヤで結ぶ一瞬で崩れ落ち
笑い死ぬ間もなく睫毛で漉されて



                   《2021年7月10日》









自由詩 憑きものばんざい Copyright ただのみきや 2021-07-10 15:18:49
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