雑居ビルの一室で
ただのみきや

前戯なし

あなたの輪郭はとぎれとぎれ
知っていることは数えられ
知らないことは無限大
ところどころはっきりしても
ひとりのあなたが不鮮明
印象だけが白く火傷して
わたしをジャンキーにする
瞳を凍らせ彫像にして
全方位から探ってみても
モナリザのように
ニケのように
そこに在って永久に遠い
あなたのリズムと重なりたくて
影踏み遊びのふりをした
歌に迷った奥の奥
ひとりぼっち途方にくれた
自分の背中が飛び降りる






愚者のライセンス

時を惜しんで間をもとめ
無駄にはしないと競うよう
そんなこころの有り様に
過ぎ去る景色の早いこと

一生なんて一瞬と
一瞬すらも永遠と
どうともできない流れなら
ただ穏やかに緩やかに

奇麗な蝶を追いかけて
野を駆け川を越え
樹海深く迷い込み
男はすっかり老いていた

蝶に見惚れて川に落ち
花を見つめて躓いて
街をぶらつき欠伸して
男の時は止まったまま

時間は平等か否か
こころ持ち次第か だが
こころ持ちで本性が変わろうか
生も解ける一瞬の結ぼれか

今に住み今と和んで行くことは
時代や世間に流されるのとは違う
見比べず疑わずにいれたなら
失くしても永遠の一抹と






わたしのマゾヒズム

数千年の夢想が溶け混じる胡乱な空の下
わたしは大地の双六盤にまき散らされた小理屈だ
元型の森をさまよう兄妹の淫らな嘘や愚行のパン屑と争って
旋盤で削られてまだ間もない熱い鉄屑の匂いがする嘴で
黙々と啄むすでに図鑑の中にしか存在しない割れ鐘のような
鳥たちを待ち望みつつ切れ切れになりもはや繫がることのない
原生生物的記号として無数の凹凸レンズに絡めとられ
身悶えしながらゆっくりと干乾びて行く そんなものだ
かそけきマゾヒズムの吐息は空白を渡り
光による八方ふさがりの中で陰影を転送する トマトを穿つ
指の反り返った一寸先で弾けるハナアブの羽音に巻き込まれ
視界を失い座礁した理性は背負った書棚の下敷きになって
添加物で薄められた血を流しながら替え歌をそらんじた
その数十センチ上には片足立ちで宙に浮かんだシバのような
両腕を天秤に広げた裸の女がいて片方の掌にはヒナゲシや
ヤグルマギクで隠蔽された荒地があった そこでは折れた櫂と
剥製の鰐と凶のおみくじがドラム缶で焼かれて黒煙を上げ
それを吸った幻の世代たちがかつて殺した半身を求めて
土着の霊性へ回帰すべく炉辺で炙った串刺しの幼児の舌と
水あめが似合う紙芝居の末路を縫い閉じて互いの目蓋を纏り合った
だがその内側ではゆっくりと終息しながらもまだ瞑り切らない
神の瞳の宇宙の彩光と陰影の爛熟した調和があって
数千億個あるいは数兆個の笑い袋で内も外も密になりながら
喪失から喪失へ非在から非在へと移動する厚みのない顔を
乱脈に乗じた情緒の鉤爪が白く斑に剥がすのに任せていた
女のもう片方の掌では柔らかな生まれたての動物を思わせる
罪責感と高揚感のハンマーが怯えながら目を開き
ロケットを先っぽから丸呑みにする女の恍惚に
スチールパンを打ち鳴らしながら浜辺へ駆け出していた
そこには過去から漂着した象牙のペニスケースがあって
極太マジックがひとりでに落書き同然の遺書を書き始めた
すると突然待ち伏せていた殺意が恋人のように服を脱ぎ
蝶の声帯で叫んでは甘く狂った夏の陰部を匂わせながら
雲のない空の下を行く陽気な葬列を一直線に破裂させて行った
地平線の向こう目頭の雪山でウインクする骰子が
骨壺でチンチロリンと鳴けば黒蟻の渦巻く振り出しの辺り
(――もっともっと啄んでほしい) わたしの切れ切れの歓喜は
涙でぬるぬるしてミミズのように苦しかった あの
一番上等で美しい土地にあってわたしは破綻したのだ
嘲笑のキスに埋もれて窒息し勃起したまま化石となれ



                  《2021年6月26日》








自由詩 雑居ビルの一室で Copyright ただのみきや 2021-06-26 22:21:17
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