長い1行の集まり
空丸

  街


遮断機が下がり血のような警鐘に淡い想いは砕け散る。通過する車窓とつながる間もなく街はもとに戻る。


  冬の浜辺に置き去りにされた一つの椅子


冬の浜辺に置き去りにされた一つの椅子のように、幕が開くのをいつまでも待っている役者たちで観客席は満員だ。何も始まらない。心に弦を張り奏者を待つ。誰も現れない。地球儀に“故障中”と落書きしたあの日を思い出す。五時の鐘が鳴り、風は狼狽えた。幕が開くのをいつまでも待っている役者たちで観客席は満員だ。


  物語は始まらない


ふらふら飛んできた紙飛行機がシャボン玉と衝突し 散髪屋の青白赤のくるくるが螺旋を昇り続け 銭湯の煙突に三日月が座り 川辺のベンチで忘れられた携帯電話がなっている
物語は始まらない


  そよ風を折りたたんで


「砂浜に抜ける路地」を一つ拾ってきて、波の音を額縁に飾る。愛という言葉で何を隠したいのか。行間には関係性だけがあって鞄には入らない。みんな事情を抱えていて、「普通」の人はいない。憎しみの反対語が「猫のまばたき」ならなんといいことか。


  雲の影


振り返りざま見たものは帰り支度をしているサーカス団だったか、土手を歩いている少年の私と犬だったか、空地に残された小さな日向さえ


  傾いた椅子


音がして起きた。初夏が騒がしい。気まぐれな時空でニューロンが絡み合っている。頭が重たい。ありのままの私自身などどこにもいない。舗装された道には足跡は残らない。

泣き笑いだと喜劇は言う。芸術の友達は常識なんですとあなたは言う。友達だから裏切れるんだと。無人島で独り食って寝て「無意味だ」と呟くぼくが好きだ。

真夜中に籠るとこんなことが書きたくなる。バス停とか、歩道橋とか、休日に並ぶビールの空き缶とか、君の記憶の中の僕は僕の僕ではなく君の僕だ。幼い頃の君を薄っすら覚えているよ。


  3000m峰


乗鞍岳(剣が峰)、槍ヶ岳、奥穂高岳、前穂高岳、涸沢岳、北岳、中白根岳、間の岳、西農鳥岳、農鳥岳、仙丈ヶ岳、赤石岳、小赤石岳、前岳、中岳、東岳(悪沢岳)、丸山、塩見岳(西峰、東峰)、大喰岳、中岳、南岳、大キレットー北穂高岳、御嶽山、大汝山(立山)、聖岳、ジャンダルム、富士山。(おまけ剣岳)


  「あとがき」に変えて


改めて、断片は…、瀬戸内海に浮かぶ島々。のどかな海原を余白に、漁師の衣食住を――労働を砂浜に託す。

不在をノックする。無言を聴き、沈黙を語る。3・14159265358979… 今日も改札口を往復したが、世界はいったい何が言いたいのだろう。
―― 見上げた途端、空は無口になる。

鳥の声で目覚める。時々、鮮度の良い朝を世界は私に届ける。昨夜の噂話さえさえずりに変換する。地下鉄。ポケットの小銭。無名。曖昧。輪郭。不確定。地図と時計。人工知能を搭載した案山子。光。風。水。土。無人駅。…

死は余韻を伴う。残影の行方は知らない。生が捜索を放棄しただけである。生きるとは剥がれていくことである。剥がれていった言葉は、誰かの心の軒下で雨宿りしている。無表情という原型のまま。

私は時々無題でありたい。死がそう望むから。名前は世界を分断するが、魂を区別する固有名詞はない。飛行機雲と死を混同することもない。黙って去っていく魂を棺に納め、私たちは再び空白に文字を埋めていくことしかできない。世界が空白を欲しがる限り。


自由詩 長い1行の集まり Copyright 空丸 2021-06-21 19:25:43
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