微風・反転・漏出
ただのみきや

微風

うすくなった髪をそっと撫で
朝の風は水色の羽ばたき
幼い接吻
この目が見えなくなっても
耳の底が抜け
全ての言葉が虚しく素通りし
鳥の声すら忘れてしまっても
変わらずにそっと訪れる
やさしい仕草
永遠の少女
すべての嵐と破壊の母よ





反転

青草が鉛より重い虚空をくすぐると
蟻の巣穴から死者の吐息がもれた

蒲公英たんぽぽをちぎる手を嗅いで
少女の肌の日陰をさまよう犬

にわか雨に匂う菖蒲 喪服の女
隠し事を濡らす間もなくバスは来た

ギザギザの虹に苛まれた眼球
唇にあてた貝殻から濃い 遺跡の影





漏出

おれはおれの過去から赤錆びた一振りの剣を掘り出した
やっと青銅から鉄に変わったころ
八方世界は未知に満ち
心は夜と昼を合わせた以上に迷信であふれていた
そんな時代に埋められたぼろぼろの剣
おれはそいつを打ち直す
ああ明後日からおれの伽藍洞へと
知性の欠片もない野蛮な風が吹いて旋風つむじを巻いている
燃やすものも燃えるものもありゃしないが
手あたり次第にくべればいいさ
言葉もサイコロも心臓も標本も朝焼けも
真珠を孕んだ美しい姉妹たちも掛け軸の中の鐘の音も
位牌も臍の緒も一切合切躊躇ちゅうちょするな燃やしてしまえ
ナウマンゾウの皮と骨で造った蹈鞴たたら
タイタンとゴリアテの足で
足りなきゃダイダラボッチの足も借りて来い
踏んで踏んで嵐を起こせ
業火で詩人たちの囀りを灰にしろ
すべての思想を踏みつけろ
純粋にただ狂気のために今日のいのちを使い尽くせ
鍛え上げろ 研ぎあげろ
リズムに酔い痴れすっかり悪酔いして
おれの影から死人のようによみがえる
そいつは黒曜石の背骨のようじゃないか
この剣で地球の皮を剥いでしまえ
ああ白い果肉のしたたる囁き
甘いマグマが忘我の果てへと押し流す
この剣で善も悪もから竹割りにしろ
この剣で八方美神の皮かむりのイチモツを
素面で管を巻く八岐大舌を撫で斬りにしろ
この剣で割腹しろ
おれの死には告発も恨み言もありゃしない
ただこの色味を見よ
血とはらわたを 虹色の氾濫を
おれはこの血であらゆる思想に落書きする
そうすることで自分自身を上書きする
おれは純粋愉快犯
聖と俗を繋ぐ舞台で遊ぶ愉悦の中毒者だ
血で血で血で血で死で死で死で死で
痴で痴で痴で痴で詩で詩で詩で詩で
おれはいっぱいになったモラリストだ
内側に逆立つハリネズミだ
インモラルな自慰的ハラスメントで
おれはおれの因果に剣を突き立てる
ミューズの首を絞めろ!
犯せ 喰らえ 脱糞しろ!
チャンバラだ! チェ・ゲバラの
チャンバラフィクションだ!
芝居の中に隠された本物の死
景色の中に隠された儀式的死
もの狂いのままで剣を振れ
事故事故事故事故
首長族と首狩り族の出会い
運命と偶然のめくるめくストライプ
自己自己自己自己
預言の通り魔の 着飾った辻斬りの
憑きもの筋の書きもの好きの
Like a virginでKiller Queenなマドンナと
微睡みの中で海を渡ったマドロスたちの
精神の食肉化工場で起きた恋愛依存
最初から抜け殻として造形された
透き通った薔薇と地雷の心臓よ
結び目を解かれた蝶の錯乱
剣を担いで踊るのは誰だ
照り返す海と白骨よ
剣はギラギラして
太陽は破水して
剥ぎに来るぞ
ことばから
急に来る
隙間に
いる



 
                     《2021年6月12日》








 


自由詩 微風・反転・漏出 Copyright ただのみきや 2021-06-12 15:54:32
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