嵐と晴天
ただのみきや

少女アデリーの失くした人形のために

暑い日にはアスファルトに足をとられてしまう
あえぐ憐れなペンギン
目標を喪失した花鋏
放置されたまま錆びて行く殺意
間の抜けた 横顔の
驚きではなく諦めの 棘

祈りの言葉で舌を噛む
老成した眼差しから 
  無意識にしたたり落ちる
          音楽的漏出

月のように何重にもぶれる像
微生物のように泳ぎ回り定着しないまま文字が
氷漬けの少女のからだを覆って行く
言葉の猿轡さるぐつわ
明け方に瑠璃色の甲虫が掌をこじ開けるまで

櫛の歯の隙間から
  肥えた生贄の太陽

   わたしはマグマのように冷えて行く
変態の途中で射貫かれて
         反り返った手首は
切手を貼ることも出来ず 鳥にもなれず
乾いた洞に響く音色にもなれず
赤い河を過去へと流れ去る
 人形たちに 
     すがる伽羅の
          かそけき声





たとえば

青空に隠された砂金を
みずみずしい触覚で梳きながら
めくるめく蛾は夜を追いかける
無数の太陽の眼差し
なにもかもが陽炎にとけてゆく
そのようなもの





その詩人について何も知らない

雲雀は空にとけ
声だけが高いところで揺れていた
目を閉じれば近く
開けば日差しに溺れ
いつまでも見つけられないまま
図鑑はとても簡素
雲雀について一般化された情報が載っている
唯一絶対の雲雀のように





彫像

嵐はひとつの身体
無垢な衝動 虚空の圧力
空気の叫び
肉体の軋み
樹々たちの
シンクロした忘我のうねり
四肢は素早くとぐろを巻いて
円く圧して 押し潰す
嵐はひとつの身体
無から解き放たれた
ひとつの舞踏





学生のまま老いてゆけ

  安らかな頓服だった
燕が迷う 腰の引けた 大地の鏡
芍薬しゃくやくよりも悪意ある
白スカーフの眼差しによる幽閉
宙吊りにされたまま死んだ問
摩擦もなく黴の生えた時間を
 雨音が 灰にする 痛みを
  殺すふりして
    猫に紛れた
      女は蝉を喰らう






脳裏に冷たい火傷を

あなたの瞳をみつめている
あなたには見えない
わたしが映っている
あなたは感じるだろうか
だれかがあなたの瞳をみつめ
あなたの記憶にまっしろく
残りたがっていることを



                《2021年6月6日》









自由詩 嵐と晴天 Copyright ただのみきや 2021-06-06 13:56:14
notebook Home 戻る  過去 未来