板谷みきょう

貧乏村からちっとばかりの山深いところ。
いつの頃からか棲み始めた鬼。
棲むのも当たり前
そこは、大きな声では言えないが姥捨て山。

昼間のうちに、一人捨てると、その晩は、耳ざとければ、はっきりと、叫び声が谷々をこだまし、村にかすかに響き渡る。
でも、それについては誰も何も語らず。例えば子どもは、寝ているし、よしんば起きていても、子どもの耳には何も聞こえん。
炉端で遊びの真っ最中。父母は、耳につく声を忘れようと、ただもう聞こえん振り。
残っているジジババたちは、一様に目を閉じ溜息をもらす。それでも、それぞれの胸の中には、いつも同じ不安がつきまとっていた。
それは、人肉の味に誘われて、「鬼が村を襲ってくるかも知れん。」という、聞くだけでも、背筋の寒くなるもんだった。

与一という名の男は、その村の出身だった。
八年前におっかぁと二人暮らしだったが、おっかぁを山さ捨て、都に行ってしまった。
村の者に聞けば誰でも解る、あばれ与一って言えば。

与一は都でサムライになった。
なんでも、いくさでたくさんの首を取ったんだと。
その与一が、村の噂を耳にしないはずがない。

「よぉし。鬼なんぞ俺が退治してやろう。鬼を退治に山へ向かう。」と、かつての、あばれん坊の与一の言葉に安心したのか、村の男たちもこぞって加わった。

 山の端々から、くわやら、かまやらをかざして、大声出せば鬼だって追い込まれるもんだ。

白髪の腰まで届く、顔すら隠れるざんばら髪。
難なく捕らえたことに皆、誇らし気だったが、内心はドキドキだった。
なんせ、恐ろしい人食いの鬼なんだから。

その日の夕暮れ、竹矢来の中で、与一が鬼の首をはねるというので、村の者が集まってきていた。集まらん者は誰もおらん。竹矢来は、今にも倒れそうな位だ。
鬼はと云えば、やけにおとなしく、ペタリと地べたに座り込んでいる。山奥で見た時とは、打って変わって、やけに小柄に、やせ細って見える。後ろ手に縛られ、夕陽を浴びた鬼の背は、それは、それは、小さかった。

与一の刀がひと振りされる。
朱に染まって首が飛ぶ。

その時の村人たちの顔は、美しいほど明るく輝いていた。
それは長い間、胸に潜む恐ろしさが消える喜びだ。

歓声の中、首がゴロンと地に落ちた。

その時の与一の叫びは、今も、村人の耳にこびりついて、離れないだろう。
奥深く、谷々から山々をこだまし、大きく響き渡った。

おっかぁ―!


散文(批評随筆小説等)Copyright 板谷みきょう 2021-05-29 20:54:08
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