神経組織の夢
ホロウ・シカエルボク


夜を埋め尽くす雨音、夢は断続的に切り取られ、現実は枕の塵と同じだけの…薄っぺらい欠片となって息も絶え絶えだった、寝床の中で、やがてやって来るはずの睡魔を待ちながら、もう数時間が経っていた、かまわない、と俺はひとりごちた、眠れないことに悩むほどもう子供じゃない、小さなころからそんなことは幾度もあった、甲状腺を壊したときなんかもうまったく眠りなんてものとは程遠い状態で、真夜中に墓地ばかりの山に登って一周したりしたこともあった、俺はある意味で眠り方を忘れる天才だった、何度出来るはずだと信じてトライしてみたけれど、いつだってそれは失敗に終わった、眠れない夜には、眠る必要がないのだと思わなければまた同じ夜が始まってしまうだけだ、そして音楽は途絶えなかった、薄っぺらいハードディスクの中に無数のデータが詰め込まれていた、それはこれからも増え続けるだろう、容量にはまだ充分に余裕があった、その未使用区間を示す表示が意味するところは、もしかしたら眠れない理由と同じものなのかもしれない、類似、比例、様々な感覚が様々な誤差を持つ言葉で語られる、太い木の枝を細いナイフで少しずつ削るように、物言わぬ夜は時を回転させていく、そんなイメージは骸骨を連想させる、削がれて、削がれて、削がれ切ったあとのシルエット、骸骨になっても立ち続けていられるように俺は詩を書いている、虫に食われた跡を掻き毟って出来た瘡蓋を爪の先で剥いだら、驚くほどに赤い血液が静かに頭をもたげた、その血を舐めて、水を飲んだ、血は、身体の中で血に還るだろうか、それとも、まるで関係のない別の何かになってしまうのだろうか、俺はぼんやりと考え込んだ、頭の中を虚無が支配していた、きっと俺はそいつの居場所を作るためだけに脳の中を空っぽにしようとしているんだろう、望もうと望むまいと、すべては更新され続ける、知力、体力、視力、張力、容姿、ひとつとて同じところに留まりはしない、変わり続けようとしているのか、それとも変わらずに居続けようとしているのか、正直なところ俺自身にも分からない、けれど、そんな願望の内訳を知ることが人生の目的ではない、例えば強い波が自分を巻き込もうとするなら、そのまま流れに任せるか、抗うかを決めるだけだ、そこに、妙に考え込んだ動機など用意するべきではない、そんなものを揃えていたらあっという間に時間切れだ、運命とは瞬間的なゲームだ、選択、それ自体が重要なものではない、そのあとに動き出すためにたくさんの時間が必要なのだ、俺の言ってること分かるか?選択は、入口のドアを開けるだけのことで、重要なのはそのあとの行動だということだ、夜はまだ生き続けている、おそらくは俺よりも鮮やかに黒く、黒だけがすべてを塗り潰せる、だからこそ、夜の中で生きることには意味がある、思考がそのまま命を持つ、何に遮られることもない、眠らなければいけないことなどもう気にする必要はないのだ、そのことで明日の幾つかを失うかもしれない、だが、得ることの裏では必ず何かを失っているものだ、俺が間違ったことを言っていると思うか?心当たりは幾つだってあるはずだよ、本当はその比率は、いつだってイーブンのはずだ、どちらかに印象が偏ってしまって、気付けていないだけのことなのさ、いつだってね、そうでなけりゃ肉体と精神のバランスは崩れてしまう、生きるためのテンションが狂ってしまうんだ、剥がれて、剝がれて、剥がれ切ったあとのシルエット、生きている骸骨にならない限り本当のことは歌えない、だからこそ人生は一瞬の夢なのさ、俺は人生を賭けて無数の言葉を、無数の嘘っぱちを排水溝に垂れ流す、なぜなら真実は点滅に過ぎない、真実であり続けることなど誰にも出来やしない、確信を語るなよ、それは何よりも恥ずべきことだ、再び体内に取り入れられた血液は、はらわたで沸き立ちながら最も実感を持った言葉たちに変わる、それを語れなければ嘘にもなれない、嘘にもなれないのだ、生きている骸骨にならない限り本当のことは歌えない、もしかしたら俺は、死んだ後に得るものに焦がれているのかもしれない、あるいは、死の瞬間にこの目に映るものに、死の瞬間、人は惑わされるのだという、脳の機能が低下して、在りもしないものを目にするのだという、ならば、生きているさなかに人が目にするものは真実だというのか?脳味噌がまともに機能したところで、人間は真実など見ることは出来ないのだ、そう、見たような気になっているやつはたくさん居るけどね、すべては無意味だ、だから、俺は意味を求める、それは決して手に入れることが出来ないものだ、そう、だから俺はそれを求める、あるとかないとか、そんなことは問題ではない、どうでもいいのだ、ほんの僅か、瞬きの瞬間にそいつを垣間見ることが出来たら、生き残ったことを後悔しなくて済むだろう、人生とは樹木だ、切り落とした方がいい枝にも、そうしてはならない理由というのが必ず存在している。



自由詩 神経組織の夢 Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-05-23 21:16:24
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