飢えた魂は余計な肉をつけない(リロード)
ホロウ・シカエルボク


廃れた通り、その先の名前のない草たちが太陽へと貪欲に伸びる荒地のさらにその向こうに、梅雨の晴間の太陽を受けて存分に輝く海があった、水平線の近くでいくつかの船が、運命を見定めようとしているかのように漂っていた、今日目にした世界のすべてだった、時間は巨大な和車が回転するかのように流れ、晩飯を掻き込んだあとはぼんやりと音楽を聴いている、誇りとこだわり、自意識と世界観、そんなものは社会では何の役にも立たない、おまけに妙な病を頂き、汚れ仕事で泡銭を稼ぐこの頃だ、意地だけが俺を生かし続けている、言葉を殴り書き、脳を研ぎ澄ませる、存在を語るには途方もないフレーズが必要だ、どれだけ並べてもそれは足りないと分かっている、だから躍起になって書こうとするのだ、口先の小競合いで目先の勝ちを拾い合うような、間の抜けた真似など出来るわけがない、そんなことを続けてもどこにも行けないぜ、満足出来ないものになんて俺は興味ないんだ、満たされる、とは、どういうことか分かるかい、それはなみなみと注がれるイマジネーションだ、そしてそれは、俺自身の奥底の血が、フレーズとのまぐわいによってかたちを変えたものなのさ、いいかい、世界は物差しで測れなどしない、その尺度は目盛りなどで知ることは出来ない、お前はいつだって世の中を簡単に考え過ぎてる、真実は、考え過ぎてはいけないということはない、どれだけの要素を投げ込んでもかまわないものさ、つまりそれは理論でもない、感覚でもない、それらすべてで構成されるべきものなのさ、ただ、同じ言葉を繰り返すなんて愚の骨頂だ、この世界には使いきれないほど言葉が溢れているというのにね、最近俺は思うんだ、言葉は、それによって構成されるフレーズ、文章は、それ自体が書いたやつの人生を語っていなければならないってね、どんなに本を読んでいようが、しかるべきところで学ぼうが、たくさんの語彙があろうが、そいつを自分の言葉として使えないのならまったくどんな意味もありはしないのさ、ただ出来のいいものが出来る、それだけのことさ、いいかい、俺がやりたいのはスノッブな連中の暇潰しとはわけが違う、内奥で咆哮する野性を静めるための儀式、神聖な行為なのさ、おっと、勘違いするなよ、俺はどんな宗教も信じてはいない、俺が信じているのは神様だけさ、それはしいていえば、教義を行うものでも、奇跡を見せるものでもない、なにか、巨大な、超自然的な意識体のようなものさ、それが俺が感じている神の姿だ、俺は時計を見る、あと数時間もすれば眠らなければならない、この頃やたらくっきりとした夢を見るんだ、もしかしたらそれは、これまでよりも多少身近に死を感じているせいかもしれないね、いや、危ない話じゃないよ、少し危ないレベルにまで体調を崩したことがあったってだけの話さ、なあ、こんなこと言うとどんなふうに思われるのか想像もつかないけれど、死の力って凄いんだ、なにかこう、なし崩しにすべてを奪っていくんだよ、ああ、これは死んでしまってもしかたがないかもしれないな、そんな風にいつの間にか考えてしまう、あの時までは、そろそろもう病気か何かで死んでしまってもそれはそれでいいのかななんて考えてた、でも、いざそんな目に遭ってみたら、こいつは絶対に認めたくないなと思ったよ、なにがなんでも生き続けたいってね、自分には気付かないところで、少し草臥れていたのかもしれないな、下らない街でもがきながら人生を書き殴る暮らしにね、だけどね、いつかも書いたことだけど、新しいことってどこからでも始まるんだ、現に俺はいまでも、なにかしら見つけているし、なにかしら知り続けている、こいつには終わりがないぜ、感覚的な終わりのことさ、本当の終わりは死ぬことにしかないのかもしれない、そして死だってもしかしたら、新しい始まりなのかもしれない、いいかい、生活に慣れたらいけない、そこに慣れてしまったら、人間はそこまでのことしか考えなくなる、それはもう巨大な蟻とか蜂みたいなもんだぜ、そして一分一秒が、一時間が、一日が、ただただ過ぎていくだけになってしまう、ぞっとするぜ、俺はごめんだね、常に新しい世界を求めて、知っていくんだ、その上で、やるべきことをやり続けるのさ、世界はフレーズに溢れている、それを無視して生きるなんて出来っこない、俺はいつだって飢えている、求めて、探している、幾つになろうが同じことさ、なんで歳を取ったからって変わらなくちゃいけない?そんなのは大人でもなんでもないぜ、そんな世界で得られるものになんて何の興味もない、なあ、若さを売りにする君は、歳を取ったら口を噤むのかい、きっと、年の功を武器に喋り続けるに違いないぜ、俺は俺なのさ、ごらんよ、俺はまだ、書き始めた時とほとんど変わっちゃいない、成長とは本来、純化のことなのさ、俺はそいつを身をもって知っている、そして昔よりも、多少は上手くそれについて語ることが出来ていると思うぜ…。



自由詩 飢えた魂は余計な肉をつけない(リロード) Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-05-16 21:54:34縦
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