地上の三日月
ホロウ・シカエルボク

嗄れた外気の中で、うたは旋律を失い、ポエジーは冬の蔦のように絡まったまま変色していた、ポラロイドカメラで写してみたが、案の定浮き上がった風景にそれらは残されてはいなかった、なのでそれを幻覚だと認識したー幻覚だと認識した?ふざけたフレーズだー空では黄砂が入れ過ぎた砂糖のように踊り、それが原因なのかどうかは分からないが目の端が痒くてしかたなかった、雨の続いた数日のあとの晴れ間、街は安堵と上がり始めた気温へのため息で陽炎のように揺れていた、放置された小さな公園では色の無い草が高く伸びて、ずっと眺めていると草むらに間違えて滑り台が生えてきたかのように思えた、数の多いものが正しい、この小さな世界の定説というやつだ…欲望は溜まり始めていたがピントが合っていなかった、まだしばらくは悶々とし続けるだろう、続けられるということは、続けられないことより不幸かもしれない、時々はそんな風に思ったりもする、けれど、続けられるのにやめてしまうのは幸や不幸ではなく愚かなのだ、長いこと、語り続けてきた、手を変え品を変え、ペンを走らせ、キーボードを叩きーたったひとつのことを貫くためには様々なものに手を付けなければならない、右へ行き、左へ折れ、時には戻り…求めるままに動いていてあるとき、必ず踏まれているラインに気付く、それが自分のスタンダードだと少しずつ知っていくのだ、スタイルもスタンスも要らない、ただあるがままに吐き出していけばいい、複雑に入り混じった曲線であったところで、それがその時の自分にとって一番差し出したいものならそれは素直さなのだ、テキストだけを妄信するものが生み出すのはいつだって良く出来た二番煎じだ、型枠にそって流し込まれるものなんてコンクリートだけで充分さ、そうだろ?俺はいつだって自由さを求めてきた、魂の拘束を解き、リズムに乗り、高みへと連れて行ってくれるものを求め続けてきた、その高度はずっとずっと高まり続けている、おそらく死ぬまでその頂上を見ることはないだろうーだけど、結局のところ、答えが欲しくてやっているわけじゃない、答えはすでに出ていると言ってもいい、結局のところ、そいつを選んだその時点で答えというのはすでにほとんど出ているのだ、だから、俺は特別それを欲しがるような真似はしない、必要なのは追い続けるという意志だけさ、そいつが人にいろいろなものを見せてくれるんだ、表通りに出て、車が途切れるのを待って対岸の歩道へと渡る、ポラロイドカメラに写せるものはあまりない、けれど、そこには手の込んだ真実が隠されている、アナログなものには手間が必要な分だけそういう小癪な要素がある、歩くリズムを少し早くする、アスファルトを積んだダンプがオイル臭い熱気を落としていく、口の中が汚れた気がして側溝に唾を落とす、もちろん、人の流れが途切れた瞬間を見計らってだ、幼いころにもこの通りを歩いた、車や、人の流れからある時、自分だけが薄い膜に包まれて隔離されたみたいな不思議な感覚があった、思えばあの頃からずっと同じ景色を見ようとし続けているのかもしれない、真っ当な大人なら、厭世観とでも呼ぶようなものかもしれない、なんだっていい、ネガだのポジだの区分けしてどうこう言ったところでなんの意味もない、所詮ひとりの人間の感情というだけのことだ、社会にとって都合のいい人間になれるだけのセラピーなんかに騙されちゃいけない、内に宿るものがどんなに綺麗なものであれおぞましいものであれ、それが自分を突き動かすなら黙って勢いに乗ればいい、肉食動物の捕食シーンみたいなものだ、美も理由もおぞましさも…生きるために必要なものはすべてそこにあるということだ、この俺が持つべき牙は?この俺が食らいつくものは?この俺の生きるべき理由は?俺はいつだって自分自身を敵に回す、そうさ、俺にとっちゃフレーズってのは、自分自身を切り刻む刃物みたいなものなんだ、余分なものを削ぎ落して必要なものを残していくのさ、なにが余分なものなのかって?柔らかくてすぐに剥がれ落ちてしまう部分のことさ、もっともーそっちの方を大事にしてる人間のほうが圧倒的に多いんだけどねー昔からそれが不思議でしょうがないんだ、きっとあいつらにゃ、他に信じるようなものを見つけられないんだろうな…本当に値打ちのあるものは探さなければ見つけられないってことさ、トンネルのほうへ歩く、トンネルの入口の横にある、封鎖された道路の先には防空壕の跡があるという話だ、確かめたことはないけどねー破れたビニール傘が歩道の真ん中に捨ててあった、足でそいつを隅へ寄せながら歩いていると、ありがとう、と声が聞こえたんだ、俺は振り返った、けれど、そこにはKOされたボクサーみたいにくの字になって転がっているビニール傘がいるだけだったんだ。


自由詩 地上の三日月 Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-05-14 21:49:30縦
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