加覧の偶像
由木名緒美

私の部屋も あなたの部屋も
奥の奥では繋がっていて
世界の扉の鍵が開く

ひとつ飴をちぎって出せば
産声の音符がころんと鳴った
覚えている呼吸の傷み
世界は優しいばかりじゃないってこと
その音色をいつしか失くして
安寧の寝床ばかりを求めていた

泣き乍ら産まれてきたのだもの
私達はきっと大丈夫
死の咳と祭囃子の柄杓に足元を濡らされようと
転んだりしない
待ち受けるのは暗雲の雨
鬼の面した善意の僧が
惑う人を叩き出そうと軒先から目を細めている

逃げろ 濡れろ 喚き立てろ

乳呑酒の店はもう潰れた
帰り道は一言も喋っちゃいけないって
蒸せかえる裏道へと誘導されたわ
これから三年蟄居の町へ
幼子が泣いて白顔を叩く
崩壊されなければ造れない
千年都を極楽浄土から引摺り落とせ
首を括れば招かれる世界への手形など棄てて
裸足の傷こそを祝しよう

泣くな 退けるな 顧みるな

娑婆の加覧が外されて
盆を待たずに亡霊達が帰省を始める
彼岸で此岸の廃墟を抜けて
空っぽの眼が疼くままに
液晶の毒素に当たらぬよう
糸の捩れを写し出せ

世界の扉はどこにある
鍵を掛けるは誰もが知る偶像
深呼吸をしたならば
萌える時代の代弁者となって
新緑の囃しに身を投じるんだ
春を先駆けるやじろべえとなって
実像の梁の先へと進んでゆけ




自由詩 加覧の偶像 Copyright 由木名緒美 2021-04-22 17:26:38縦
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