RESURRECTION
ホロウ・シカエルボク


空気清浄機のノイズは俺の知らない言葉で果てしない詩を連ねていた、俺はそれをあまり信用していなかった、埃やカビやダニと一緒に、生きる理由まで吸い込んで排除しているようなそんな気がしたからだ、でもそんなことを言ってもどうしようもなかった、システムや規律や利便性以外の概念を持たない社会、人生を棒に振る、とは、本来そんな社会の中で何を考えることもなく労働と食事と排泄と生殖をただ繰り返して老いて朽ちることをいうのではないのか?でもそんな理屈どこにも通用しなかった、そりゃそうだ、会話とは思考を繋いでいくことだ、それがない相手とは決して成立しないものだ、季節や、天気や、ゴシップの為の言葉を俺は持たない、だからいつも口を開けなくていい場所を探している、そういう場所には決まって心をくすぐるような詩が落ちている、俺は昔のビデオゲームみたいにそれを拾い続けて命を繋いでいる、世界は、もの言わぬ場所で満ちるべきだ。

ドクターヘリが総合病院の屋上でローターを休めている、おそらくは病人が運び込まれている…さっきまで周辺にはそいつの羽音がこだましていたからだ、ヘリに乗せられた病人ーあるいは怪我人ーはいったい何を考えるのだろう?救急車に乗るのとはまるで違うはずだ、それはきっと天国、あるいは地獄に近いどこかを連想させるに違いない、俺は自分がそこに居ることを想像してみる、俺はおそらくそこに居る連中の会話にずっと耳を傾けているだろうーどうやら俺にはそうした癖があるらしい、この前アナフィラキシーで死にかけた時にそんな風に過ごしている自分に初めて気が付いた、思考することがままならないから周囲を知ることに集中するのかもしれないー思考する必要がない時、もそうだ、仕事をしているときとか、会いたくもない人間の話を聞いているとき…俺の記憶の中にはそんな瞬間に覚えた下らない場面が山ほど詰まっている。

路面電車が前時代的な音を立てて通り過ぎるのを待ってメインストリートを渡る、こんな時間に車が渋滞している、毎朝、毎夕、渋滞を幾度繰り返しても、人々は車を便利な乗物だと唾を飛ばしながら喋る、御覧、お前の神話はすでに崩壊しているんだよ、価値観は柔軟であるべきだ、絶対的な価値は人間をひとつところに縛り付ける、同じような話はどこのどんな場面にもあるだろう、疑うということを知らない人間たちがそんな価値に蟻のように群がっていくのだ…蟻ならいい、コップ一杯の水でも溺死させることが出来るからね。

街を分断する川を渡るときに、頭にスティッチのビニール人形を乗せて、フロントに籠のついた三輪自転車に乗っている全身黒づくめの、おそらくはおばさんを見た、おそらくというのは、顔が目出し帽で覆われていたからだ、その目にはサングラスがかけられていた、籠には所狭しと鈴のついた組紐が吊るされていて、筋力の無さそうな脚で漕がれるたびに小さくチリチリと音を立てた、そいつはすれ違う人間たちの怪訝な表情もお構いなしで、ゆっくりと繁華街の方角へと消えていった。

駅の北側に出るとこの田舎町はあっという間にみすぼらしくなる、信号は点滅が多くなり、アダルトがメインのDVDショップがわずかな距離に二軒もある、タイヤが八の字に取り付けられた馬鹿みたいな車がゆっくりと通り過ぎる、この先の小さな川を渡ったところにあるショッピングモールが去年大幅に店舗を増やして、新しい道が繋がり、交通はさらにややこしくなった、道が足りないのだ、と俺は思う、道が足りないのに車だけが増えていく、最近流行の年寄りドライバーのトラブルにもこの街はようやく追いついた、ま、そんなことどうでもいいことだけど。

街を超え、小高い山を登り、薄汚れぐらついた木組みの展望台の上で、泥水を掻き混ぜているみたいな営みを眺める、属さないこと以外に本当の自由はない、イデオロギーは純正であるべきだ、たった一人で認識して選択して吸収したものだけが精神を育てる、他人に何かを教えたがる連中の言葉に耳を傾けてはならない、彼らはどこにでもあるものをわざわざ口にしているに過ぎない…世界は、もの言わぬ場所で満ちるべきだ。

夕日とリンクするように下界へと降りる、たいしたイベントもない家に帰りつくために、あちこちでクラクションが鳴らされている、その混雑を作り出しているのはそこに居るすべての連中なのに…俺はそんな喜劇を鼻で笑いながらコンビニエンスストアでプロレスの本を立ち読みする、総合格闘技は真剣勝負かもしれないが、そんなものにはリアルを語ることは出来ない、それはあらすじだけの小説のようなものだー夜の在り方はそれでも、心を穏やかな気分で満たしてくれる、欲しくもない食べものを買って家に帰ろう、目覚まし時計はすでに明日の朝を待ち焦がれている。



自由詩 RESURRECTION Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-03-28 13:46:53縦
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