【みんな】のクリームシチュー
atsuchan69

捕獲されたとき、かなり暴れたので胸をビームで焼かれ、呼吸がつらい。「大丈夫。あと2~3時間もすれば完全に再生する。治ったら、何が食べたいか?」看護する猫顔の背の低い宇宙人がそう訊いた。俺は【自分で作ったクリームシチュー】と答える。しばらくして寝台に反重力テーブルを連れた宇宙人がやって来た。テーブルの上には皿に盛ったクリームシチューがあった。「言った通りに作った」とチビが言う。「え? 俺は【自分で作ったクリームシチュー】と言ったはずだ」「いかにも。これはあなたを複製して育てた未来のあなた自身が作ったものだ」納得できない顔で俺は【自分で作ったクリームシチュー】を口に運んだ。「あっ、美味い。‥‥でも未来からどうやって?」「タイムワープだ」「で、未来の俺の分身は?」「役目が終わったので死んだ」「ぶっ、、」俺はシチューを口から吐き出した。「心配しなくてもよい。それが起きるのは30年後のことだ」「勝手に俺を複製しておいて、勝手にその複製したやつを殺すな」「わかった。次回からは検討する」「あれ? そういえば、息苦しいのがまったくしなくなったぞ」「そのようだ」「じゃあ、早く俺を家に帰してくれ」「それはできない」「なぜだ?」「あなたは地球人の大切なサンプルだから」「サンプル? 勝手に決めるな」「勝手には決めていない」「じゃあ、一体誰が?」「話すと長くなる」「手短に答えろ」「簡単に言えば、宇宙に住む【みんな】だ」「その目的は?」「地球人が宇宙に進出するまえに適性を調べたい」「なるほど。でも俺のクローンを連れて行けばよいだろ」「それはサンプルの純粋性を脅かすという不都合な問題を孕んでいる」「だったら俺じゃなく、他の誰かにしろよ。地球人のなかには自分から『行きたがってる』奴だっているぜ」「いや、決めたのは宇宙に住む【みんな】だ。決定には逆らえない」「クソ馬鹿野郎!」しかたなく俺は【自分で作ったシチュー】を食べはじめた。食べながら、これから行く別天地について想像した。猫の惑星、蛇の惑星、蛙の惑星、もしかするとウナギの惑星‥‥。やがて部屋中を青い光が揺らすと、猫顔の宇宙人は天井を睨んだ。「到着した」「も、もうかよ! えらい早いな」「今から、【みんな】に会える‥‥」その途端、まぶしい光が俺の寝台を包み、たちまち寝台は空飛ぶ椅子に変化した。見下ろすと、巨大な劇場のような場所に俺は浮かんでいた。「こ、これが【みんな】かよ!」こめかみのあたりに冷や汗が流れる。無数の席に様々な星の代表が座り、「毛布! 毛布!」と叫んでいる。「【みんな】が、ようこそと言っている」俺のすぐそばに猫顔の宇宙人が浮かんでいた。「俺には毛布としか聞こえないぞ」「あなたは地球人の代表として、【みんな】に話してほしい。悪いところは、【みんな】が知っているから、良いところをたくさん頼む」「ええっ、良いところだって?」「なんでもよい。あなたの言葉は正確に伝わるから」俺は豆粒のような【みんな】を見下ろした。「あー、そのー、ええと‥‥【みんな】の方々、俺はなぜか夜道で勝手に捕獲され、ここに連れてこられた。もちろん、地球人の中にも同じようなことをする奴がいる。しかしそういうことをする奴はきわめて少数だ。ところがあなたたちは違う、【みんな】だ。地球人の良いところを話せというので話すが、地球人は勇敢だ。そして正義を信じている。それがたとえ全宇宙を敵にまわすとしても、正義のためならいつでも戦う」真下から「ラーメン!」という声が沸き上がった。「他には何か?」「地球という星は、表面上、たしかに分裂しているように見える。それでも地球人が一致協力すればどんな敵であっても怯むことはない。俺たちはすでに核兵器を持っている」すると今度は、爆笑の渦が沸いた。「地球人はジョークの好きな人種だと【みんな】が想いを一致させている」「本気だっちゅうの、、ま、まだある。地球という星の矛盾、対立、不一致‥‥これこそが俺たち地球人の最大の美点であり、苦しみであり、歴史だ。それこそが地球人の誇りだし、戦いあう肌の色や宗教やイデオロギーの共通の財産だ」俺がそう言うと、場内が静まり返った。「理解できない」猫顔が言った。「最後に、俺が大好きなクリームシチューを食べてみろ。全員が美味いと思うか? だったら俺は嬉しいよ。でもそれは少しオカシイ。不味いと思う奴の存在を許してはいない。――許せよ、一人くらい。いや、もっといて構わないんだ。俺が大好きなクリームシチューを不味いと思う奴ら‥‥。逆に【みんな】が不味いと思っても、俺はクリームシチューが大好きだし、その事実は永遠に変わらない」「‥‥」「以上だ」「典型的な未開型惑星文化の考え方のひとつだと思う」「何が?」「【みんな】は、強制や誘導によって作られたものではなく、集合的無意識の個々だ。それはたとえば、あなたの星の修行僧などが会得する『無我の境地』に近いものと言える」「そういう悟りの境地の奴らがサリンを撒いたりするわけだ」「いいえ」「じゃあ、なんで俺をさらってきたの?」「それは地球の未来のため」「地球の未来のまえに、俺の未来はどうなるんだよ?」「大丈夫。あなたは時間をたっぷりかけて地球人で初めての【みんな】になることが決まっている」「いいよ、【みんな】になんかなりたくないってば」「大丈夫‥‥」真下には大勢の【みんな】たちが、「リーム、リームシュー」という意味不明の言葉を唱えている。(((リームシュー)))。‥‥あ、これってもしかするとクリームシチューと言っているのかな? 俺は奴らの頭上を浮かび漂いながら、よし、【みんな】が泣いて喜ぶクリームシチューを作ってやる。地球の未来のために、「クリームシチューで宇宙を変えてやるぞ!」と心のうちで一人、つよく誓った。


散文(批評随筆小説等) 【みんな】のクリームシチュー Copyright atsuchan69 2021-03-23 12:12:02
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