くちづけ
新染因循


どこからも遠い、ここへ
千々の風に吹かれてたつあなた
雲のようにおおくの面影をうつす
あなたへと伸ばされる
わたしの影、暴きたてられた白き砂、
ああ今ここに在らざるひとよ

空はぽっかりと孔を開けたような色をして
わたしたちをもつれさせ
あなたをほぐしていく
白いさざなみのささやきは
担うにはかるく
放り投げてしまうにはおもい

月と手のうちの悠久という近しさを
海とよんでしまえれば
そしてその泡と波をかきわけて
断崖の彼方から伸ばされた
白くほっそりとした腕を
握りしめられるのに

眠っているのだろうか
あなたはその白い額をあらわにし
多くの隔てられたものたちがそうするよう
夜光貝のように夜の重みに身をまるめ
そよ風の在るところを思いながら
眠っているのだろうか

波はあなたの浜辺から
わたしの浜辺までをつなぎ
わたしたちは互いの額を水面につけ
だがここに在らざるひとよ
そして波は渦を巻くレコードのように
わたしたちを巡る




自由詩 くちづけ Copyright 新染因循 2021-03-19 02:23:39
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