夜、夜
田中修子

青い青い夕暮れ、イチョウの葉が金の鳥となり羽ばたいてゆき
「おつきさま こんばんは」と絵本の言葉で
三日月指さす この子の目はきらきらしている
月のおそばにいる あかるい星は
燭とり童というんですって
月の灯をロウソクにいただいて、頬の産毛が光っている童子はね、
ね、

 いつか、ひからびた大人になるの?

夜……夜、オイルヒーターが カチ カチ カチと秒を刻み
部屋は、乾いた布の香り、昼間外で干されたすこうし、
冷たい冬の香りが温められて 甘くなっていくから、
枕に頬をうずめて、くうくう、という寝息を聞きながら
どこからかやってくる
夜が器を満たしきって溢れ出す音を
薄うい、半透明の花びらのような鼓膜がふるえていることを
おもいながら、体をお布団に、沈みこませていく ゆっくりと
どこまでも、どこまでも、数千メートル 数万キロも 浮かびあがって

 さぁおいで、さぁ、

夜……夜、あなたの頭蓋を糸のこぎりでひらくと
うすくれないの小さな、異国風の天幕があって
飾りのばら色とみず色のポンポンがかかっている。
燭とり童の置いてった、月の光のろうそくが
天幕を内側から照らし出した、と、消えた。
ふっ と 消したのは しびと 愛しいひとの愛しかったひと、
振り返っては、だめよ
と、あなたの体が闇になり、とろりと、とろけだした
あたためたチョコレートみたいにゆるやかよ

 ひび割れた窓も、燃えあがる車も

夜……夜、寝室・階段・居間・台所・扉の外へと滲みだす
外出してはいけないこの時間に、あなたは星月を湛える液体だ
鉄道の汽笛がきこえる
 
 このステーションもだいぶ、変わったわ
 ずうっと離れてポツンと座っている ひとりぼっちのひと
 車掌さん、
 (何、悪咳が流行るずっと前からですよ)

夜……夜、やがて小川の中に、
寝そべって花を持つ
うつつへの小舟に乗って、白い花の咲く岸へのうしろすがた
あなたの枕元にたつ
ときたま眼球にまつげが入っているでしょう

 もうひらかなくていいのよ 痛みのままに眠れ
 と濡れた手で抑えた


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※一連目着想 与謝野晶子
金色のちひさき鳥のかたちして銀杏散るなり岡の夕日に
あるゆうふべ燭とり童雨雲のかなたにかくれ皐月となりぬ


自由詩 夜、夜 Copyright 田中修子 2021-01-27 03:53:22
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