冷えている人へ
道草次郎

うつとは端的にいうと
左手を一晩中冷たい床に投げ出していても何ともないことです
何ともなくはないのですが
それでもそれはやはり何ともないことです
そこがおかしなところです
そこがかなしいところです
冷えたのならあたためよう
という思想だけで人間充分やっていけそうなのに
どこでどうまよったやら
そうなってしまってそれきり時間は固着です
やめましょう
たとえば
ほんとうは五月を書きたいのです
五月の風
五月の色
五月の海
五月の帽子
それをのみ書きたいのです
だからとても
かなしい
かなしい……
角度しだいでうつろな空も変わるのに
勿体なく
なにもかも勿体なく
あまりにもそれは勿体ないのです
左の鎖骨のあたりまで冷えてしまったら
それはとても悪い事
もしあなたもそのご経験がおありなら
せめても右手の手のひらで
自分の身とも思わずにそれを温めてください
なんだかそれが
たくさんなたくさんな
かなしい夜への
ささやかな抱擁のような気がするのです
さあ
自分自身を
すこし他人にしてあげて






自由詩 冷えている人へ Copyright 道草次郎 2021-01-25 23:00:40
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