サイレントチンドン
ただのみきや

愛憎喜劇

遮二無二愛そうと
血の一滴まで搾り出し
甲斐もなく 疲れ果て
熱愛と憎悪
振子は大きく揺れ始める

愛も親切も笊で受け
悪びれることのない者
理解できずに困惑する
押しつけの息苦しさ
相手が病んで見える

(なぜ自分ばかり
    双方そう思う





趣味の憂い

憂いは雨の引く灰色の街
化粧を滲ませたマネキンの面影
蜘蛛の巣が張った窓から見る
コートの襟に包まれた乾いた薔薇の蕾
古いシャンソンのレコードのノイズ
見出しばかりで進展しないニュース
思いに濡れてまといつく経帷子
深いところから階段を上がって来る
苦笑 ロマンスの壊死
捨てられた吸殻と河面の微かな叫び
指先を黒く染める青インク
ずぶ濡れで魚を買って帰る顔のない女
乗り捨てられた子供の自転車
銀色の微かな刺殺ベルが鳴った 予感





不安

少し先の未来が恐い
凝視しようとすれば震えが起きる
自分の幻が自分のすぐ先を歩いている
寒い夜だった
ただ暗い道が続いていて
貧困に苛まれ
己が生を死産の子のように抱いて
黙々と暗い吹きさらしの橋を渡って行く
どこかへ歩いてはいるが
たどりつく場所があるのだろうか
そこは温かい場所だろうか





さかしま

この橋は長く右に湾曲している
河口が近く水は雪と氷に覆われて見えない
濁っているのか澄んでいるのか
空もまた同じこと
時折カラスが流れて行く
つかみどころのないものを次々複写して
折り畳まれた世界
季節が巡ってもいつまでも逃れられず
この情景が真っ逆さまに落ちて来て
寒さで蝕むだろう
わたしが冬空へ飛び降りるその時まで





図書館の女

エメラルド色の四角いソファー
搾り出したクリームみたいに腰を掛け
白い表紙の本を開く

いま女と本は不可分
意識は本の世界に入り込み
言葉は心に次々と波紋を起こす

本を閉じて立ち去る時
言葉はまだ女の海を漂っている
だが本の中に女はもういない





盗人

月の浮かぶ二つの琥珀を
短い指の手がそっと覆う
釘を踏み抜いたまま少年は
太陽と対峙する
蜂蜜色の時が背中を流れ
樹々は風に燃えていた
雛鳥の囀りは頭の中でぼやけ
遠く微かな蝶になる



                《2021年1月16日》










自由詩 サイレントチンドン Copyright ただのみきや 2021-01-16 17:48:32縦
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