夜の夢の分裂、他三編
道草次郎

「墓石」

それはいつからかはじまり気が付くと終わる
そのようなものをさがしたら
じつにそのようなものしか無く
それはすべての核部へ到り
かつぬけてゆく風やうたであった
なので却って太陽はひくい
まるで鮃のようなものだ
旅程に斃れた巨人らが蝟集する遠方のたたら場は
さしずめ象の墓場である
または
円環のくろがねの島だ


「鏡の森」

書かれている事ではなく
書かれていないことがその詩を包むように
香気はその人を包む
その人のことばは滝だ
まるで滝だ
その人は大地ではない
その人自身は滝の飛沫の破片だ
あらゆる極小の水滴も
照応する世界がおとす涙
その人とは
他でもない私自身であり
あなた自身による私自身
つまり
鏡の森の
旅人に過ぎない


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「一つ星」

バケツの底の一つ星
海にゆられて漂って
目醒めたならば
島のへり
潮のフーガにこと寄せて
もったりと今
薔薇の謐然


「夜の海の分裂」

二つのものが一つところにあることを、たいてい人はいいます

そうしてからそれがあまり自覚されないうちに夜はあけて、いつもの朝はこぼれるように始まるわけです

夜のうちのどれもこれもが朝の女のひもなのですから、ある時のあるさまは、ある一定の角度をもった道徳心でもあるでしょう

夜は長いかみじかいか、大変な難問なのかなんなのか、わけもわからずただ河は流れていきます

そうして、散乱する意識片はまるで暗箱の蛍

二つのものが一つところにあるならば、それは一人を二人でやるようなもの、統合されたもののようなフリをして、歩いていたならそれは確かにその人は大変優しいということでしょう

ならばみんな優しくて、夜ばかりがかなしい
夜は男です
この比喩の素姓は女ですけれど、男で通った夜なのです
だから夜はつくづく直喩(シミリ)ではない
およそなにものでもないところの男として
それはかかる零時の一刹那なのです

なに一つとして手に残らず、このまま海へうつくしく眠りにいきます
海豚にでもなって、夜の間ずっとお月見をしながら遊んでいましょうか

二つのものが一つところにあるということは、だから、こんなにも透き通ったゼリー状の海豚でもあるという詩想に他なりません





自由詩 夜の夢の分裂、他三編 Copyright 道草次郎 2021-01-15 08:38:43縦
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