寒い渦
葉leaf


妻が妊娠6か月に突入した。妊婦らしく下腹部がせり出してきて、最近は胎動も感じられるようだ。私は毎晩胎児に声をかけながら妊娠線ケアクリームを妻の腹に塗る。妻はつわりも終わり妊娠を楽しんでおり、子供が生まれた後の名前のことや住居のことに思いをはせている。だが私は思うのだ。妻の腹には幸福が宿っているのではなく不幸が宿っているのではないか。例えば私が夢に破れて絶望していた日々の寒風が吹きすさんでいるのではないか。例えば妻が前職に就いていた頃に残業続きで心を荒ませていた日々の冷風が吹き荒れているのではないか。この胎内には私たちのこれまでの不幸の総決算が詰め込まれていて、それらがすべて反転するように命として、希望として、幸福として芽生え始めているのではないか。妻の胎内にはいま寒い渦ができあがっている。この寒い渦が育っていくと同時にだんだん季節は春に向かい、やがて温かい命として結晶する。胎児は私たちの不幸を救済することを第一の任務として生まれてくる。


自由詩 寒い渦 Copyright 葉leaf 2021-01-15 03:54:59縦
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