Slow Boat
服部 剛

この街には
音のない叫びが無数に隠れ
僕の頼りない手に、負えない 

渋谷・道玄坂の夜
場末の路地に
家のない男がふらり…ふらり
独りの娼婦の足音が、通り過ぎ 
酔いどれた僕の足音が、通り過ぎ
男の潤んだ赤いまなざしから
一瞬、僕は目を逸らす

人の傷みも背負えずに
自分の傷口が少々沁みる夜には、せめて
絆創膏ばんそうこうをぺたりと、心に貼って
生ぬるい夜風の撫でる
道玄坂の人波を下りてゆく

思い出すのは十年前、この坂を歩いた
酔いどれの目線の先に思い浮かべた 
あの輝ける不可思議少年という詩人の姿 
若き言葉の旗手だった彼は
もう世にいない

この街には
無数の叫びが隠れ
頼りない僕の手には、負えない 

だけどたまには思い出したように
この街角で仲間と落ち合い 
カウンターに肩を並べるくらいはできる

昔の詩人は言った
「心に少し、余分な場所を」

今日、僕とあなたがこの世界で出逢った
素朴な奇跡を祝い
互いのグラスを重ねれば 
頬の赤らむ夜更けには

あの丸いお月様を乗っけた
葉っぱの舟が
ゆっくり…ゆっくり
明日へ漕ぎ出してゆく  






自由詩 Slow Boat Copyright 服部 剛 2020-12-30 23:19:35縦
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