空論のカップに口を付ける冬の横顔
ただのみきや

銀杏一葉

フロントガラスのワイパーの圏外
張り付いた銀杏一葉
冬の薄幸な日差しに葉脈を透かして

用途を終えて捨てられた
ひとひらの末端 美しい標本
飛び立つことはないはずなのに

いつのまにか消えていた
夢から迷い出たきいろ
蝶の幽霊





鳩と座敷牢

肉叢を揺らしながら
前のめりに近づいて来る
玉虫色の首
乾いた胡桃のリズム

  紫の袱紗に包まれた
  ロザリオをとりだして
  額の上に吊るし持ち
  カリカリと噛み咀嚼する

見えたものしか見ない
嵌め込まれた赤い目は
なにも表現しないことで
汎用性をまとっている

  骨肉の優美な屈折から
  溶け出した乳白の海
  訪れる者などなく
  髪の毛で首を吊ったラプンツェル

平和とオリーブ
漆黒の夜に突かれ突かれ
肉叢をゆらし 生は
あてどなく死の圏を巡る





時間Ⅰ

卵から空気が孵る
殻の内側にはたくさんの
殴り書きの文字

かつてわたしたちは
上手に時間を混ぜ返していた
風呂のお湯を揉むように
中華鍋で炒飯を振るように

対象よりも先に思考は老いる
ひと時咲いて散る花のよう

なにもかも解説して批評して
あの輪廻のような
驚きも発見も忘れ果てて





首の女

暗い朝の水の肌に
月のように咲いた女の首
伏し目に瞬いて
唇はそっとほころぶ
活けられた死よ
肉体の幽玄
イメージの刺青よ
隔てるものの厚みのなさに
深く映り込む眼差しの
夜の向こう
輪郭も朧な睡蓮の
白い焔のように
素足で侵食する
匂いを描いた一枚の
揺蕩いに二人沈んで





時間Ⅱ

鍋を弱火にかけて
焦げ付かないように
ちょくちょくかき混ぜる
丹念に渥を掬う
味付けの
タイミングと分量
考えて 気を張って
自信がない
経験も乏しい
いつもとは違い過ぎる
そんな
誰かのために捧げた時間
あたたかい不安と嘆息の





自分を拾い歩く

姉と弟が犬を散歩させている
土曜の朝
風は腰を下ろしたまま
静けさと鴉が圏を競う
冷気の背中のファスナーを下ろすと
晩秋の濡れた土 落葉が匂う

ここ数年毎朝届けられる
すでに失った取り戻せないものと
これから失うであろうものの目録
擬人化された季節や感情たちと
通販雑誌でも捲るように

一本の燐寸を擦るよりも
一本の燐寸になりたい
一瞬の快楽に燃え上り
記憶も残らず灰になる
そう百も千も書いたなら
繰り返される生贄のように
破り続ける誓約のように

姉と弟が公園を一巡りして此方へ
異なる軌道を描いてすれ違う
弾力を持った小さな惑星たち
盗み見て面はゆく
平然と心にはサングラス

わたしはなにも守れないだろう
なにかと刺し違えることもできないのだろう
一生自分の憂鬱とセックスして
蛭児のような言葉を生み続ける
それに酔いすらしている

枯葉が敷き詰められている
瞳はあてどなく盲人の手探りで
わだかまった時の玩具を
生の色濃さを保つ死の隠喩を
自らに処方する宝石を
太古の涙であり
鳥の糞であり
不埒な音を孵して白く濁る
美しい狂女の姿態を
生まれる前に失くした舌を



             《2020年11月29日》








自由詩 空論のカップに口を付ける冬の横顔 Copyright ただのみきや 2020-11-29 14:55:17縦
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