どうしてこんなに暗いのかしら
ただのみきや

彫刻

折り畳んだまま手紙は透けて
時間だけが冴える冬の箱の中
なにも温めない火に包まれて鳴いた
繭をそっと咥え
欄干に耳を傾ける
肌に沈む月
纏わる艶を朧にし
蠢く幾千幾万の
翻訳し得ない沈黙は
埋もれもせず
足跡も残さずに
白紙の雪に影だけが
猫のように絶えず避けて





ダンス

水面は揺れるが水底は揺れない
虚像は見えるが実像は見えない
心はやわらかいが言葉はかたい
   全てのものが静止しても
   わたしは歪みぶれ続ける





死者の祈り

まだ雪が淡いうち
黄色い落葉のように祈ります
どうかあの冷たい秘密が孵らずに
互いの半身を交換できますように
そうしてわたしが
縫い合わせることもできない
青白く剥離しかけた魂を
襤褸布みたいに寒々しくし
吹雪の丘にぽつんとあった
今はもうない廃屋の煙突のように
虚空を見上げてこと切れますように
そうして泥土に沈むひとつの頭蓋
内側に釘やガラス片で刻まれた
謎々として見つけられないまま
あなたの夢の花壇から匂いますように
そうしてそれ以上に
あなたが行う拷問の
おろし金でじゃりじゃり擦られ
顔も名前も紛失し
狂おしく飢えてあなたを探しますように
この黄色いキ印が凍結されたまま
死が新鮮を保ちますように
永久凍土でありますように





高速バスから

落葉した白樺と針葉樹が斜面を覆う峠路
その合間の所々に鬱金色の樹々が見える
まだらに垂れこめる雲の下
どこからか陽射しを集めたのか
仄かに灯るように枯れている
少し下には川
まだうすい雪野原を割って夜のように
黒く滔々と

 *

トンネルからトンネルへ
合間に見えるものは山と樹と雲
ここにトンネルを通し
送電線を通した人間が
自分とは別次元の
超人類のように思えて来る

 *

雲下の山並
雪を被った針葉樹が続く
クリスマスツリーを連想するのは
たぶん幸福な子どもたち
わたしは古いストーブの傍に寄りたくなる
丸い菓子入れと湯呑を置いて
懐かしいテレビ番組を見たくなる
幼い頃へ逃避したくなる
この鬱蒼として寒々しい景色
まるで自分の内面を投影した
パノラマスクリーン





正解

わたしは正解を知らない
あるのは選択そして成功失敗という自他の評価のみ
わたしは正解を知らない
正解というブラックボックスの向こうに何があるかも
もはや正解を求めていない
それがもし正解でも気づくことはないだろう




                《2020年11月15日》










自由詩 どうしてこんなに暗いのかしら Copyright ただのみきや 2020-11-15 15:42:34縦
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