SF
佐々宝砂

からっぽで何にもなかったので
手元に落ちてきたSFを入れてみた
SFの尻尾はもう古ぼけていて
埃をかぶっていたけれど
頭のほうは元気で活きがよくて
これならからっぽも何とかなるかしらと
一時的に充たされた気分になったが
SFの奥にはブラックホールが眠っていて
尻尾も頭も全部飲みこんでしまった
ウロボロスの蛇かよ
と誰に言ったらいいものか
さてどうしようとあたりを見回すと
もうからっぽですらなかった
つまり
殻なり袋なり境界なり
外界とからっぽを区別するものが
確かにあったはずなのだが
もうそんなものもなくなっていた
からっぽですらない
わけのわからないふわふわ
ですらない
吐き出そうにも吐くものとてなく
そもそも吐き出す口もなく
からっぽだったときのほうがまだ
少なくとも何かではあったのではないか
逡巡していたら
SFがまた落ちてきた
サイエンスのSじゃないですよ
スペキュレイティブのSですよと宣うのだが
それだってもう古いだろ
知ってるぞとつぶやいたら
ならSci FiのSですよとにっこり笑う
いや違うだろ
Sは私の頭文字だ
少し寒くなってきた夜半の窓に
眼鏡をかけた顔が映っている
あれは誰だ
からっぽですらないはずの
しかしそこには肉体があって
SFはこんなとき役に立つのだろうか
立つだろうよ
SFはまだ死にはしないだろうよ
この肉体が機能を停止するときも


自由詩 SF Copyright 佐々宝砂 2020-11-10 23:57:56
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