終の犬 1。
たま

彼は。男の子だった。
十一月も残り少ないある日。ペットショップの。ゲージの中で。
怠惰な昼寝をしていた。彼は。失業中の。Kと。眼が合った。彼
は。生後四ヶ月の。赤札の付いた売れ残りだった。が。どことな
く厭世的な。幼い眼は。なにひとつ媚びることなく。Kを。無視
した。たまたま。Kは。白い犬を求めていた。Kの。視線が。彼
を。捉えたのは。彼が。白い犬だったからだ。
あくる日。Kの。家に同居した。彼は。虫ピンみたいな。とんが
った乳歯で。なんでもかんでも噛みつくのだった。が。とりあえ
ず。それが。彼の。仕事だった。Kも。とりあえず。彼に。名を
付けた。それが飼い主である。Kの。仕事だったからだ。彼の名
は。DANSKE。横文字で書けばドイツ語になるが。漢字で書
くと。団助。だった。真新しいモップのような。毛の長い犬だっ
たが。事実。彼は。リビングの床を。舐めまくった。ひもじかっ
たのだ。口に入るものは。なんでも食べた。スコットランド人は。
いつもひもじいのだろうか。いや。そんなことはない。スコット
ランドで。生まれた。彼が。いつもひもじいのだ。まだ。満腹感
というものを。知らなかった。
彼の。犬種としての名は。ウエストハイランド・ホワイトテリア。
愛称は。ウェスティ。成犬の体重は七キロ前後。犬種としての寿
命は十三年余り。けっして長寿とはいえない。Kに。とっては。
三頭目の犬になるが。先々代は。十五年。先代は。十六年生きて。
つい先月。他界したばかりだった。彼が。額面通り十三年生きた
としたら。Kは。八十歳になる。仕事を持たない。Kは。出不精
の年金詩人だったから。彼とは。丸一日。顔を突き合わせること
になる。が。そうなると。彼と。Kの。主従関係は。あってない
ようなものになる。気が。する。
ところで。ドイツに。HOLGER・DANSKEという。銘柄
の煙草がある。いや。あった。彼が。Kの。家に同居したころ。
Kは。その煙草を愛飲していた。彼が。男の子だったので。Kは。
DANSKE。という名を。思いついたのだった。が。何事も。
自ら決めたことを守らない性格の。Kは。いつも。彼を。DAN。
と。呼んだ。彼が。同居して。一月が経たぬうちに。Kの。家の。
カーペット二枚と。座椅子と。スリッパ二足と。Kの。カーディ
ガンが。ボロボロになった。そのついでに。彼は。Kと。Kの妻
の。手足を傷だらけにした。
「ちょっと待て。話しが違う。こいつは詩人の犬ではない……」
と。Kは。途方に暮れるのだった。が。彼に。とっては。詩人の
犬になるつもりは。全然。なかったのだ。ただひたすらに。彼は。
自己を主張し。Kは。そんな。彼の。幼い気持ちが読めなかった。
のだ。畑仕事を終えた午後。Kの。膝の上で眠る。彼は。Kの。
右手の親指を咥えたまま。離そうとはしなかった。深夜。寝床に
つくと。Kは。夜具の中に。彼の。臭いを嗅ぐのだった。が。ひ
ょっとして。それは。自分の体臭ではないか。と。まどろむ夢の
入口で。考え込むのだった。                  









自由詩 終の犬 1。 Copyright たま 2020-11-06 18:10:14
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