ダイスを転がそうと棒を倒してみようと、それで行く道が決まるわけじゃない
ホロウ・シカエルボク


昏倒のような深夜、ブロック塀に書き殴られたイルーガルな単語のいくつかは綴りを間違えていた、まだ十月も終わっていないというのに不自然なほど冷えていて、俺はふらふらと歩き出した最初の目的をすっかり忘れてしまっていた、日常は相変わらずカットされた場面を集めて作った映画みたいで、もの好きですら五分で席を立つような代物だった、でもそのことについてどうこう言っても仕方のないことだ、同じ言語でも違う言葉になりうる、同じハードでも、インストールされるアプリ次第で別物みたいな出来になる、利口なメクラたちが持つものには標準的なものだけが形式的に読み込まれている、「これだけあれば充分だから、他のものは使わないから」随分と誇らしくそう言うんだ、カッコいいことでもしてるみたいにさ…ま、下らない比喩はこれぐらいにしておこうかーどう頑張っても今夜は眠れないって、早いうちから分かる夜がある、下手をしたら朝起きた瞬間にそれが分かるときがある、そんな時俺はこうして適当な服を着て、真夜中をうろつく、人間の最低ラインで出来ているこの掃き溜めを素面で歩いているのは俺ひとりさ、男も女もそこいらで痴態を張り合っている、そしてその誰もが幸せでたまらないという表情をしている、もうそんなものを見ても腹も立たなくなった、豚小屋のそばで臭いと不平を言うのは間違いだ、そうだろ?勘違いしないでほしい、なにかを批評したいわけじゃない、小さな世界に反旗を翻したいわけじゃない、俺はただ真夜中を歩きたいだけさ、でもその話をしようとすると、どうしても最初に目に入るのはそんな連中だからね…面白い話があるよ、もう何年前になるのかな、二人の詩人と一緒に朗読会をして、打ち上げでこんな風に夜の街を練り歩いたんだ、晩飯を食って、少し飲んで、最後にコーヒーでも飲みたいねって、ファミレスみたいなものを探してしばらく歩いたんだけど、そんな店はひとつも見つからなかった、酒を出す店ならごまんとあるっていうのにね、それでも最近は減ったほうだけど…で、結局見つからなくって、そのままお開きにしたんだよ、詩人なんかが住む街じゃない、そんなことは分かってる、何十年も前からねーこの街でいう幸せや大人っていうのは、日本語を喋れる飼犬になるってことだから…社会的生活、と言えば聞こえはいいが、その実辺境の村の馴れ合いさ、目立たず、背かず、ただそこにあるしきたりを守ることだけをーそれがどんなに見苦しいものであろうとー懸命にやる、懸命にやらないと恥ずかしいみたいだよ…自動販売機で飲物を買い、NTTのビルの入口のそばの花壇に腰を下ろす、車が少なくなった大通りを眺めるのが好きだ、ハリウッドの映画であったろ、タイトル忘れちゃったけどーゴーストタウンになった大都会でたったひとりで暮らすっていう…俺、自分があんな状況になったら、生き残った仲間なんか探さないよ、ずっとひとりで、のんびりと暮らすだろうね、きっと犬を飼うこともないしね…ゴーストタウン、素敵な響きじゃないか、巨大な廃墟の中でたったひとつ更新されるメニュー、まあ、それだってあとどれくらい続くのか分かったもんじゃないけどねー俺はまだ人生について語るほど歳をとったわけではないけれど、少しくらいなら話せるよ、大事なことはひとつ、人生なんてそんなに大事なもんじゃないってことだ…ほとんどのことはつまんで捨てる塵みたいなものさ、だけどところどころ、「それは取っておけ」という予感みたいなものが頭を過ることがある、それを聞き逃さないようにすること、それを見逃さないようにすることさ、長い長い砂金掘りみたいなもんだ、下らないけれど、探し続ければひとつやふたつ、続けていてよかったねと思えるようなものが手に入る、人生ってたぶんそんなものさ、たぶん歳を取ったからって偉そうに語るようなものなんかひとつもありゃしないよ、けれどそれはまだしばらくは続いていくし、なにかしら、興味を引くものは見つかっていくさ、掃き溜めに住んでいたってね…白けていたって衝動がなくなるわけじゃない、現に今も俺はここにいるじゃないか、高く上がった月は色を失くした、誰かが空に狙いをつけている、無意識にそう呟いて吹き出す、下らないフレーズだ、けれど、なにも口にしないことよりはたぶんいいんだろうね、俺は立ち上がり、デニムのあちこちをぱんぱんと叩く、空缶をごみ箱に捨てて、そろそろ眠る真似でもしてみようかなと思う、そうさ、こんな夜は、歩かないよりは歩いてみた方がずっといいんだ、人生ゲームのコマみたいなもんになるよりは、ずっとね。



自由詩 ダイスを転がそうと棒を倒してみようと、それで行く道が決まるわけじゃない Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-10-29 22:59:31
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