殺人ドローン VS 森の動物たち
阪井マチ

 私は私の作った装置に追いかけられていた。
 それは一人掛けのソファほどの大きさがある機体を持ち、無数のプロペラや車輪を備え地上と空中を縦横に移動することができる。高度な人工知能による制御で自律的に対象へ迫り、それを搭載された銃火器で殺害するようプログラムされている。
 息せき切って逃げていると、ここに在る実感が湧いてくる。
 丹精込めて作り上げたのだ。いかに対象が逃げたとしても巧みに追い詰め、遁れようもなく息の根を止めることができる。それを知りつつただただ逃げる。何かに胸を踊らせながら。
 何度かのシミュレーションを経て、装置の採る手口は大体分かっている。泳がせ、それとなく進路を誘導して、対象の行く末がある確度を超え予測できた時点で勝負を決めに行く。熟知した私なら逃げられる。だとしても実践の中で成長する子だから、私の想像を超えてくるかもしれない。危惧と期待で心臓が高鳴る。心臓が高鳴ることでしか楽しさを感じられない。
 ここまでは物陰に隠れつつ何とかやり過ごしていたが、このまま走り続ければ広い荒野に出る。流石に見咎められてすぐに接近されてしまうだろう。だったらここで道を外れ、鬱蒼とした森のなかを行くルートを採るのが良策か。私はすぐ行動に移した。
 そもそもの発端は、ある白昼夢を見たことだった。その中で私は真っ白なプラスチックタグの集団に付きまとわれる経験をして、追跡から逃げることの愉楽あるいは不快さを思い知ったのだ。現実の世界で人に追われることはひたすら怖ろしく腹立たしい。しかし自分の設計したプランに従わせたとしたらどうだろう? 自分の意志を持たないものに私の思うまま追いかけてもらうのはどんな気持ちだろう? そう思ったとき裏庭に花が咲いたのだった。
 木を避けながら必死に走っていると、プロペラの回る音が段々大きく聞こえてきた。ここでおもむろにVRゴーグルを装着して視界を装置のカメラに置き換える。見える見える、がむしゃらに逃げる私の後ろ姿が! 身体の感覚は道なき道を這いずる泥臭い状況にあるのに、空からの景色はひどくゆったりしていた。視界の中心は私の背中に据えられ、右に動かそうとしたら右に、倒木を越えさせようと思えばそれがぴょんと飛び跳ねるのが見えた。テレビゲームみたいだ。
 自分が自分の後ろ姿を見る体験……これは大変素晴らしいもので、数年前にも自宅で味わったことがある。大変な手間と費用を掛けて遠隔手術ができる設備を購入し、自宅の地下室に設置したのだ。施術者も被施術者も私だ。頭部を椅子に固定した状態で手をひらひら動かすと、頭の上にあるロボットアームもその通りに動く。もちろん目の前のモニターには私の頭部が鮮明に映っている。私はアームにメスやドリルを代わる代わる握らせて、自分の脳を露出させるのに成功した。あとはお察しの通り、モニターをつくづくと眺めながら脳内をアームでいじくりまわすのだ。すごく良くて、押したり傷付けたりするとぐらっと変わるんです。急に百万人がテトリスを始めた時はびっくりした(メスを離すと消えた)。
 装置が撃った銃弾を雰囲気で躱しながら(おそらく撃った目的自体が私の進路制御だったのだろうが)さらに森の奥へ踏み込むと、途端に空気が変わった。何だろう、別の怖さがある。葉叢に隠れたなにかから絶えず悪意を向けられているような……。
 足を置いた地面が幾分柔らかい。そう感じた次の瞬間、足場が崩れて落下した。どさりと落ちたのは穴の底で、見上げると私の背丈の二倍ほどの高さがあるようだ。そして丸くぽっかりと開いた穴の縁を見ると、装置ではなく、獣の頭が覗いていた。狼だ。いや大きすぎるが狐かもしれない。狼だとしてもとにかく大きすぎる。しかも一頭では収まらず、穴の縁をぐるりと囲むように何本も鼻面が突き出している。多量の涎が穴の中へ滴り落ちる。
 このまま喰われて私は死ぬのかと思ったが、時を置かず耳慣れたプロペラの音が聞こえてくる。空中に装置が見えた! 一瞬それは困惑したかのように揺らいだが、すぐに銃口をくっと私に向けた。
 撃たれる! と思った瞬間、耳をつんざくような咆哮が上がった。巨大な狐が(やはり狐だった)驚異的な跳躍で装置に襲い掛かったのだ。装置も応戦する。私を殺す妨げになるものは排除するよう原則付けられている。銃声と吠声が互いを打ち消そうと応酬する。
 さすがに狐では私の装置に敵わないだろう、みな駆除されるのかと思いながら見ていたところ、驚くべきことが起こった。大きな狐が何匹も、いや何十匹も集まって巨大な毛玉のようになり、装置へ向かって凄い勢いで跳ね上がったのだ。体当たりだ! 攻撃を受けた装置は空中姿勢がぐらついている。プロペラが破損したのかもしれない。
 と、いつのまにか穴の側壁の至る所から細長い物体が何本もうねうねと出てきていることに気が付いた。それらは壁から這い出ると穴の底に、なんと垂直になって立ち上がった。恐るべきことに、それは糸ノコのような細さであるにもかかわらず、紛れもなくヒグマだったのである。


散文(批評随筆小説等) 殺人ドローン VS 森の動物たち Copyright 阪井マチ 2020-10-25 13:58:22
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