愚かこそ生きる肥やし
こたきひろし

便箋一枚惚れた女の名前書き綴る
封筒に入れて封をして切って貼って
郵便ポストに投函した

惚れた女の住所と名前を表に書いて
裏側の差出人の住所も名前も書かなかった

俺はなんて意気地なし
愚か者だった

次の日に
惚れた女と会ってって挨拶して
それ以上
何も言えなかった

惚れた女に何の変化も感じられなかった
俺は心臓が破裂寸前だったのに
それを必死に隠して平静を装ったのに
惚れた女はいつも通りだった

雑居ビルの三階にはサラ金の店舗があって
美容院があって歯科医院があった
そこはビルの最上階だった
一番奥の一室は二階のパブレストランの倉庫兼休憩室であり
出勤時退勤時のタイムレコーダーが置かれていた

俺は偶然を装い惚れた女を待っていた
お互いの退勤時間は三十分ずれていたのに
度々それが続けば幾ら鈍感な相手でも勘付いている筈だ

だけど惚れた女はずっと素知らぬ振りを重ねていた
その夜
俺は彼女の後に付いてエレベーターに一緒に乗った
それは初めての事だった

俺の行動に惚れた女は驚いた様子だったが終始無言だった
俺はその沈黙にたえられずに口が滑ってしまった
 今度一緒に映画でも見ませんか?
すると惚れた女は聞いてきた
 今度っていつですか

それは長く苦しい恋愛への始まりの一歩だった



自由詩 愚かこそ生きる肥やし Copyright こたきひろし 2020-10-07 23:56:35
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